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3月の記事で絶賛した踊ってばかりの国から早くも新作が届いた。
前作についておれはこう書いた。
世界に対する居心地の悪さ。サンドペーパーな世界と接する素肌が感じる痛みとザラつき。
いっこも踊れやしないよれたリズムに脚をもつれさせながら下津光史の声はそれだけを送り届けてくる。
その代わり、踊れなさを見つめ続けながら、あるいは自分だけのヘンな踊りでふるふるしながら、この声は一人っきりで立っている。
これ、今、わりと大事なことじゃないか?
新作でもその基本姿勢に変わりはない。ただし、今作の底辺に流れているのは、怒りである。
前作でのダウナーなのに奇妙な浮遊感はいくつかの曲を除いて影を潜め、よりいっそうよたったリズムと脱臼したギターがバンドを重力にへばりつける。
寝たきりの病床から骨なしのふわふわの怒りが放射される。
その怒りは明らかに3.11以降のニッポンに向けられたものだ。
ライナーで触れられているように、「EDEN」はかけがえのない土地を奪われるということを歌った曲だろう。
そう、エデンは無くなる
草原では泣く泣く
疎遠で亡くなるよ
だがあくまで踊ってばかりの国では怒りと悲しみは、韻なのか駄洒落なのか判別できないふざけたふにゃふにゃのゆるメロと頼りなげな甲高い声で歌われる。
カタルシスはない。
地獄の中でどうしてカタルシスを感じられる?
続く「反吐が出るわ」がとんでもないので長めに引用する。
朝方 五時頃 北から来たから
逃げなくちゃ 君から
部屋の中 死んでたわ
辺りは ボロボロ 静かな 静かな
見せなくちゃ どんな嘘でも
君の目は 死んでたわ
反吐が出るわ
アルバム中最も陰鬱な、隣の部屋からの読経のようなサウンドが表現するこの空気に、おれらは見覚えがあるはずだ。
毎日画面に現れる、目が死んでるやつらから聞かされ、見せられた嘘に。
沈鬱な世界に轟音が持ち込まれ、ありったけの絶叫が御詠歌にとってかわる。
脳が揺れる どうでもいいや どうでもいいや
声がかれる どうでもいいや どうでもいいや
これだけ絶叫しておいてどうでもいいはずがないのだ。
表立ってのプロテストはできなくたって、ただ布団の中で爆笑しながら痙攣している姿を見せつける。
全身骨折しててもギターから垂れた糸でマリオネットする。
この世界が間違っていることをただ見せつける。
笑い仮面を顔に貼りつけたままで抵抗する。
「お涙頂戴」や「何処にいるの?」での詞と音と声に込められた微妙なユーモアと孤独な反語。
それはどうしてもおれに「楽しい夕べ」や「シングルマン」でのキヨシローを思い出させる。
斉藤和義のボサボサの怒りと共に2011年のニッポンを代表するアルバムだと思う。
ようつべでは1曲目だけだったけど、貼っておく。
イケそうでイケないもつれた半笑いは、このバンドを知るのにわりと良いかも。












