富士通テン本社工場閉鎖 海外へ移転
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hyogo/news/20120601-OYT8T00044.htm
(読売 2012年6月1日)
大手カーナビメーカー「富士通テン」の本社工場(神戸市兵庫区)が31日、閉鎖された。創業以来90年以上の歴史があり、その高い技術力は、前身の神戸工業時代に「東のソニー、西の神戸工業」と称されたが、円高などを受け、海外などの工場に生産機能を移転することにした。
同社は1920年、川西財閥の川西清兵衛氏が設立した「川西機械製作所」が母体。軍用機や無線機などを手掛け、戦後には、通信機器などの主力業務を引き継いで「神戸工業」として再出発した。神戸工業時代は、後にシャープで液晶電卓を開発した佐々木正氏やノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏らも在籍し、日本初の車載ラジオなども開発した。
68年に富士通に吸収合併された後、72年に独立し、現在の社名になった。
本社工場は創業当初から操業を続け、現在は主力の車載機器を生産。しかし、円高や、競争激化に伴うコスト削減の一環で、中国・江蘇省や栃木県の工場に機能を移転させることになった。社屋はそのままで、今後は研究開発拠点として活用する。工場勤務の社員約300人は配置転換し、契約社員約250人は契約を更新しないという。
同社は「創業の地の工場閉鎖は苦渋の選択だったが、時代の変化に対応する必要があった。今後もしっかりしたものづくりを続けたい」としている。
(2012年6月1日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hyogo/news/20120601-OYT8T00044.htm
(読売 2012年6月1日)
大手カーナビメーカー「富士通テン」の本社工場(神戸市兵庫区)が31日、閉鎖された。創業以来90年以上の歴史があり、その高い技術力は、前身の神戸工業時代に「東のソニー、西の神戸工業」と称されたが、円高などを受け、海外などの工場に生産機能を移転することにした。
同社は1920年、川西財閥の川西清兵衛氏が設立した「川西機械製作所」が母体。軍用機や無線機などを手掛け、戦後には、通信機器などの主力業務を引き継いで「神戸工業」として再出発した。神戸工業時代は、後にシャープで液晶電卓を開発した佐々木正氏やノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏らも在籍し、日本初の車載ラジオなども開発した。
68年に富士通に吸収合併された後、72年に独立し、現在の社名になった。
本社工場は創業当初から操業を続け、現在は主力の車載機器を生産。しかし、円高や、競争激化に伴うコスト削減の一環で、中国・江蘇省や栃木県の工場に機能を移転させることになった。社屋はそのままで、今後は研究開発拠点として活用する。工場勤務の社員約300人は配置転換し、契約社員約250人は契約を更新しないという。
同社は「創業の地の工場閉鎖は苦渋の選択だったが、時代の変化に対応する必要があった。今後もしっかりしたものづくりを続けたい」としている。
(2012年6月1日 読売新聞)