「体を動かす気力がないのよ。」
外科の主治医が、直々に母に会いにくるたび、
動かないとダメだと言っていたが、
無気力になっていた母には、
難しいことだったと思う。
かく云うわたしは、17年前、
娘を出産した直後に、重度の産後うつになり、
今でも、大小様々な不調に悩まされている。
きっかけは、産後、退院直後に、
今は亡き母の忠告を聞かず、
赤ん坊と一緒にお風呂に入ったこと。
それまでは、出産直後も、皆が驚くほど、
元気で、退院後も、入院前と変わりなく、
どんどん動ける自分。なんともないじゃんと。
出産って、こんなに楽ちんだったのかと。
でも、お風呂に入った次の日。(出産後、9日目。)
あれ?体がものすごく重い。どうしちゃったのか?
結局、起き上がれなくなった。
そこから、重だるい体と頭。あらゆる、不調が始まったのだった。
実は、娘は、重度の食物アレルギーだった。
生後3日目には、首の周りに、赤い線が出始めた娘。
(生まれた産婦人科は、2日目から、母乳とミルクの混合が基本だった。)
生後2ヶ月には、顔の7割が、ケロイド状態になり、
痛みもあったのか、顔の表情がなかった。
第一子が、そんな状態だったら、母親がまずすることは、
自分を無意識に責めること。
そして、無理を重ねて、最善のアレルギー対策を求めて、
奔走し、生後6ヶ月を過ぎたあたりから、
突然、布団から起きられなくなった。
意味がわからず、ますます、非力な母親の自分を責め続けた。
体の感覚がおかしいのも、鬱の特徴だと思う。
とにかく、体が鉛のように重く、意識はしっかりしていても、
その状況が飲み込めず、脳はパニックを起こしている感じだった。
こんな状態が続いてくると、体の重さと、それを受け止められない
脳が、齟齬を起こす。つまり、意識が、自分の体を自分と
認識できなくなり、拒否反応が出てくる。
その頃、一番苦しかったのは、動かせない、重い体と、
それでも繰り返される、呼吸だった。
なぜ、呼吸は、ただ続くのだ。
体は動けないのに、呼吸は止まらない。いっそ止まってくれと、
考えるようになった。
そんな内面のやりとりが続くと、次は、
この体を消したい衝動にかられてくる。
気がつくと、娘を抱いて、ベランダの淵に立つ自分がいた。
身を投げ出したら、あの、体の重さともおさらばできる。
それでも、可愛い娘の瞳が、何度も、
わたしを現実に引き戻してくれていた。
体と心は、やはり表裏一体なのだった。
その齟齬がもたらす影響は、本当に大きいのだ。
この人間という動物は。
主要臓器を切ってしまった母の脳も、
きっと混乱していたのだろうと思う。
臓器からも、脳に向けて、サインが送られていると、
人体という番組でやっていた。
やはり、体の内部の臓器も、心につながる脳の働きと、
緻密な内宇宙の世界を作り上げるアクターなのだと、
改めて学んだ。
動けない時は、早い段階での、鍼灸マッサージや、
理学療法的アプローチも、選択肢にあったならば、
その後の回復にも影響したのではないかと、
たらればの繰り返しをしないではいられないのだ。