車の免許を返納した2年前から、祖父の認知症は急激に悪化した。また、コロナの流行で外出も思うようにできなくなった期間のせいで足腰もめっきり弱ってしまった。今は少し歩くだけで精一杯。いつも祖父の家から帰るときは、どんなに寒い日でも庭先まで出てきて、見送ってもらっていたけど、恐らくもう二度とそういう日は来ない。
祖父とナメジュニアにはそれなりに関係がある。初期のナメジュニアの練習場所は祖父の家の車庫の中だった。ドラムのなめしがそこにドラムセットを置き、いしぱ。がベースアンプを持ってきて、オレがギターを弾いていた。ナメジュニアはガレージバンドだった。高校時代、テスト期間中で部活動のない日はまことや浩一らも集まってそこで音を鳴らしていた。みんな青くさくて、高校生バンド映画のワンシーンみたいだった。冬は寒かった。なめしは白い息を吐きながらドラムを叩いていた。そして今思えば、車庫は断熱材がないからめっちゃ音漏れがひどかった。家までも確実に響いていたけど、祖父母から止めろと言われたことはなかったな。
そんな感じで甘やかしてくれた祖父ももう92歳。祖母も90歳だ。正直、普通に考えてもうボケても仕方ない年齢。むしろ生きていてくれてるだけでありがたいし、贅沢だと思う。
それでも何だか寂しいのは、この先さらに認知症は進みいずれ名前も忘れられることが確実で、回復の見込みも100%ないからだ。最近はあまり質問してこなくなった。以前はたまに「元気にしているか」と電話がかかってきてたけど、電話の掛け方も忘れたようでそれもなくなったな。
ここまで読んで、「新年早々、こいつはなんで暗い文を書いているんだ」と思うだろう。しかし、本題はここから。このブログは極めて爽やかで明るい内容だ。
祖父の認知症はプラスであって決してマイナスではないとさっき気づいた。人は誰しも歳を取ればボケる(ということは頑張ってボケている可能性も0ではないかも)。そしてその分、よちよち歩きしていた誰かが成長する。歴史はその繰り返し。
祖父がボケた分、孫は成長している。また当然、孫の成長を喜ばない祖父はいない。
とすれば、自分が成長さえしていれば何も問題ないということだ。(これは自分だけでなく世の中全ての孫に当てはまります)
だから結論づけると、祖父がぼけた分は自分も頑張らなきゃ、釣り合いが取れないなと思った。ということで自分が頑張ることは必然だ。じゃないと歴史がおかしくなってしまう。
ということで、2022年はギアを一段階加速します。
何故か。そうして頑張るほど、自分の祖父も「頑張ってボケたかいがあったな」と思ってくれるはずと信じているからです。
(人は誰かが頑張ってボケているから、成長している。という仮説。これだけで歌詞が書けそうです)
↓は特に関係のない写真。

