みーんみんみんみん

 

セミが鳴くように、私も静さんへの愛をファンレターにつづって送りました。

マジでキモイ文章を送り付けてるので、なるべく短く書いているつもりです。

しかし、ファンレターを書くたびに悩むことがあります。

 

それは、

「静さんのすばらしさを10に一つでもつたえられているのか?」

という問いです。

 

何かを感じた時に人の脳裏に浮かぶもの、それをクオリアといいます。

赤のクオリアが表示されているかと思いますが、私の眼には右と左で色の見え方が微妙に違います。なので、右目のクオリアと左目のクオリアが違うんですね。

 

同じことが静さんにも言えて、私が感じる静さんのすばらしさ、これを文書に書き起こして静さんに贈るわけなのですが、まぁこれが伝えきれないこと。長く書けば伝えられるかもしれませんが、それはただキモイ自己満足なので迷惑なことは容易に想像できます。

 

静さんの声、静さんの演技はしょんべんがちょちょぎれるぐらい素晴らしい。

昔の静さんの顔は若干邪悪さがあって、今の憑き物が落ちたような顔が一番美しい。

(化粧がうまくなったのか、私はすっぴんを見ることができないのでわからない…)

静さんの歌は…声がいいから歌もよく聞こえる、でも表現力がいまいちな気がする…

その点で行くとセミプロぐらいのうまさ…?

お前は静さんが好きかといわれると…わからないわけですよ、だって静さんの普段を知らないわけでし。でも、静さんの声優としての演技への真剣さというか、上手さは人間として非常に尊敬している。

でも、たぶんきっと俺みたいな気持ち悪いおっさんを、「へっ、キンモー☆」って言ってそうな気もする(まぁ普段を知らないのでこれは妄想)

なので、

声優伊藤静と、伊藤静の顔 は見るだけ聞くだけで下が駄々洩れになるぐらい好きでこの世で最も美しいと思っていて

伊藤静本人は、願望として素晴らしい人物で好きと言いたい、あんまりよく知らないから好きとも嫌いともいえない。

静さんの発音は、東京弁の山手言葉に近いものがあって、関西人の私からすれば何歳になっても非常に若く聞こえるわけです。

 

これらをファンレターを書いているとごっちゃになるわけですよ。

だから、一つ間違えば、間違わなくても常にキモキモストーカーがファンレターを書くことになってしまうわけです。

そのうえ、私が感じる静さんのクオリアを並列化できるわけでもなく、キモキモファンレターで伝えるしかないわけです。別に文芸が得意なわけでもない自分には非常につらい…

 

同時に、静さんへの思いが折り重なって混乱するわけです。

静さんが好きな情動と、俯瞰的に見て静さん本人がどんな人かは知らないこと、私の静さんへの妄想。これらが複雑に心のベクトルを捻じ曲げていくわけです。

 

これに私の心は耐えられない。おかしくなってしまう。

 

だから、ファンレターを書くたびに静さんのすばらしさを完全に伝えられない私は泣きたくなるわけです。

 

つくつくぼーし、つくつくぼーし