先日ネットの記事で医療的、身体的な理由でマスク着用が難しかったり出来ない人がそれが理由で退職に追い込まれて、更に事情がありマスクが出来ないと言う趣旨のマークを付けていても外出した先で怒鳴られたというのを読みました。まぁ日本じゃそうなるのは当然かなとは思うけどそれに対するコメントも賛否両論あって難しいなと思いました。せめて自分の信念でマスク着用拒否をする人と身体的な理由で着けたくても出来ない人は区別されて欲しいですよね。
一つ思うのはやっぱり日本人はマスク着用のこうかを過信してるよなという事。特に最近のヤツは不織布のマスクでは効果が限定的だという実験結果が出ているので(一般的な使い捨てや布製の)マスクをしている=自分と周囲の感染リスクを下げる、していない=周囲を危険に晒すとは言い切れないと私は考えてます。
メルボルンでかつてマスクが推奨、強制された時には私も確かにマスクをしていない人に対してイラッとする事多々はありました。でもある時から相手を変える事は無理だし、それで自分のストレスになるのも馬鹿らしい、もっと言うとストレスで免疫下がって不利な状況になるんじゃないか?と気づいて相手には何も期待しなくなってます。その代わりに自分ができる範囲で納得がいく可能な限りの対策をすれば良いやと。
。私は最近マスクを状況によってN95に準ずるレベルの物に変えて時には公共の場では二重マスクにする事によって自分の中での折り合いをつけてます。相手がマスクなしなら私は頑丈なマスクをすればリスクは多少は減らせる。ここに医学的根拠はないし、もう今のヤツはどんなに対策を重ねても感染する可能性は大きくなってるから気休め程度にしかならないのは知ってます。ただこれで自分のストレスが減るならそれでいいやというレベルです。
日本ではこういう考えには行き着かないだろうなと言うのはわかってるけど、結局自分の身を守るのは自分なんですよね。どんなに周囲に求めても最終的には自分しかない。もちろん陰謀説支持者とかマスクやワクチン絶対反対者に対してはうーんって思うけど、正当な理由でマスク着用が難しい人に自分の正論を押し付けても全く無意味な気がします。
周囲との協調性や調和が美徳であり長年そういう価値観の中で教育を受けている日本人は足並みを乱す行動をする人に対してすごく厳しいしそれが悪であると捉えられます。他人と違う行動は一律に受け入れられにくい。今回のマスクの記事の中でもそう言う日本の特徴がすごく出てるなぁと感じました。
単純な疑問なんですが、例えば電車に乗っていてマスクをしていない人を見つけてその人に対して頭ごなしに怒鳴り散らす事で一体何の利得があるんでしょうか?きっとマスクが出来ないんなら外に出るなって言いたいのだろうけど、(マスク着用が義務じゃない状況では)それって単なる人権侵害でしかなくないかなと。すごく不思議に思います。
こんな色々書いてはみたけど、私が実際日本で自分の今の考えを貫き通せるかはわからないです。朱に交われば赤くなる。。。自分もマスク警察とか言われる人にはならないように気をつけたいと思います(苦笑)