私はかつて海外留学や就職に夢を描いてました。特に留学ではオーストラリアに行ったら自分の英語力はともかく現地の友達とかも出来てオーストラリア人と同じような生活を体験してみたい。渡航前はそんな風に思ってたんですね。
でも現実は違いました。留学の最初の頃なんてオーストラリア人と関わるのは学校の先生くらい?という環境でした。もちろん他国からの留学生と遊びに行ったり彼らの文化を学んだりするのも楽しかったけど私には地元の人と遊びに行ったりとかいう機会はほとんどありませんでした。
留学生とローカルには大きな壁がある。英語力の問題もあるけどそれ以外にも親しくはなれないギャップがあるよね。時々日本人の友達とそんな話をしてました。
もちろんだからと言って留学しても現地学生とは交流できない訳では全くないです。ただ自分から積極的に探して飛び込んでいかない限り相手から近寄って仲良くしてくれるのを待つだけではローカルの友達を作るのは難しいと。
私は今年の初め頃までは長年精神的に暗黒期でした。元々自分に対してかなり否定的だからそれが私の全ての考え方や価値観に反映されていたみたいな感じでし。(この辺りはまたブログでも書きます。)
その中でオーストラリア人は私が英語が出来ないしビザもないしこんなクズ人間だから相手にしたくないと思っているというのがありました。私に話しかけてくるのは私が落ちこぼれで話す人がいなくて可哀想だからに違いない。ずっとそんな風に考えてたんです。
職場でもあまりみんなと雑談をしたりする事はありませんでした。キッチンにいてみんなが話していても私は挨拶だけはするけどその後話を続けないしそういう雰囲気も出さない。上司とか特定の数人とはカジュアルな話もしたけどそれ以外はあまりカジュアルに話す事はしませんでした。だから長年自分は職場でもいつも蚊帳の外どこかで部外者の存在でした。
でも自分の中で変化があって最近は少なくとも職場の人とは世間話でもするようになったんです。そうしているうちに向こうから話しかけてくるという場面も確実に増えてきています。私は今でも人と話す事は苦手だし英語も。。。ですが、会話の内容にも私がアジア人だからとかそういう違いは感じないし、私が知らないトピックの時も興味を持って聞くと(例えば昔のオーストラリアのテレビ番組とか)快く教えてくれます。
ローカルと留学生の壁。今は学生じゃないけど(職場では)それを乗り越えるのはただ相手から歩み寄ってくるのを待ってるのでなくて自分の行動次第なんだと実感しました。まぁもちろん若い世代だとグループがあって近寄る事すら出来ないとかはあるだろうけど、少なくともいつも留学生(特に同じ国とか)と固まっていたらいつまで経っても壁は崩れないと思います。
ちなみにネイティブと話していても私の英語を明らかに笑ったり軽蔑されるような経験はほとんどないです。特に学校とか職場とか趣味のグループとか継続して繋がりがあって人間関係が出来ている場合は相手もこちらの人間性や話している内容とかを重視してくれている気がします。私も最近は私がどこの国出身かすら聞かれない事も多くなり単なる外人としてではなくてそこに居る一人の人間として扱われる感じもします。まぁ全部私の派手な勘違いかもしれないですけどね。
こんな私のこんな英語ですらそれだけで差別される事はあまりないのだから、壁は言語の問題だけじゃないという私が学生の頃に感じた事はあながち間違いではなかったんだなぁと思います。