昔々私がオーストラリアで留学してた2000年代初頭の話なんですが、まだ白豪主義の名残があるとか地元の学生は留学生とは関わらないとかそういう話を周囲の留学生などからよく聞きました。その中でもオーストラリア人はアジア人が嫌いで見下してくるという話は多かった記憶があります。数年後に私が帰国してからもワーホリや留学でオーストラリアに行っても結局地元の友達なんて出来ないなどというネットへの書き込みや記事を見かけたりもしました。


実際私も学校の先生以外で地元の人との接点はほぼなくて確かにクラスでも地元の(若い)学生と留学生との間には大きな隔たりがあるとは感じてました。一部の極端なヘイトや偏見を持つ人たちを除いてもオーストラリア人はきっと非ネイティブの私なんかには近づきたくないんだと長年思ってたんです。



オーストラリアの都市部では移民や観光客も多いし差別がないとは言わないけど明らかなというのは稀です。でも私は相手がどんなにフレンドリーに話しかけてくれてもきっと心の中では嫌ってるんだろうなとか今でも思ったりします。オーストラリア人イコール私の事が嫌い。まぁこの理論を当てはめると私が日常的に接する人全員が私に好意的でないという結論になってしまいますけどね(苦笑) 私に親切にしてくれたり話してくれるオーストラリア人ははただ可哀想な人と哀れみからそうしてくれてるだけで本心じゃない。私が長年オーストラリアで友達が一人も居ないのはこのせいでもあります。(あっ今私が友達の関係の人は日本にいる日本人一人だけです。。。)


少し前に職場で人間関係と私の仕事の問題を(人事でもある)Cさんと話してた時、思い切ってこの話題を出してみました。Cさんが言うには確かに色々な人がいるからアジア人が好きでない人も当然存在するけど、それは全員ではない、少なくとも私がそれを前提にするのは間違っていると。


実は仕事場でも私の仕事に理由なく否定的な人はいます。でも本当にそれは私が外国人だから?それともその人が単に私の仕事を理解していないからなのか?もっとも相手にどういう意図があれそんな事をいちいち気にしてもキリがないとCさんからは言われました。どんな人でも全員から100%受け入れられる事は無理、まぁその通りですよね。




私には何年も前から顔見知りの10歳くらい年下のオーストラリア人女性がいるのですが、去年くらいまで一度も挨拶以上の会話をした事がありませんでした。きっと彼女は非ネイティブの私なんかと話したくないんだ。。。そう思って彼女が居るところに行くのをそれとなく避けてました。
でもある時(コロナ前)彼女の方からご飯に行かないかと誘われて、初めてちゃんと話をしました。そしたら相手も私が全く話しかけないから自分と話したくないか自分と話すのに興味がないんだと思ってたから話しかけなかったとの事でした。つまりお互いが同じ事を思っていてしかも私が避けていた事で話すきっかけがなかったという。。。(苦笑) 


でも結局そういう事なのかもしれないな、と思いました。そもそもアジア人が嫌いだという人を変える事は(簡単には)出来ないからどうしようもないけど、相手の自分への態度が私の人種や英語の問題にあるとは限らない。お互い話すきっかけがなかったり、ただ気が合わないだけだったり、または全く別の理由で避けられていたり。。。


私は留学生時代にはマントラのようにオーストラリア人は自分のようなアジア人とは関わりたくないんだと刷り込まれてきました。もちろん事実の部分もあるけど全てがそうではないし、その延長でオーストラリア人とはどんなに親しくなっても誰も友達ではないという私の理論も疑わしくなってきます。


オーストラリア人はアジア人を避けて見下す。これは一部当てはまる場合もあるけど、私が関わるオーストラリア人が全てそう思ってる訳ではないとようやく理解出来た気がします。もちろんうん十年前に私がいたパースではまだその風潮が強かったのかもしれないけど、周囲のアジア人留学生の間で囁かれていた話を実しやかに信じ続けてる自分は何なんだろう?


私がオーストラリアにいる間に一人でも友達が出来るのか。。。コロナが終息したらいつかこのマントラから脱出してまずはオーストラリア人と話してみたいと思います。