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和風ツナパンのブログ

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別居問題について、先の日記にある通り、法的措置を取ることとなった。

経緯について書いていく。


上の子の入学式への出席方法について、妻からこのように言われた。

「父母席には座らず、後ろの方で見ていろ」
「父母と子供との写真撮影があるが、あなたは写らないでくれ」

私が有責配偶者でない限り、これらの要求は私の親権への明らかな侵害行為である。


何度も繰り返すが。

私は現段階において、有責配偶者ではない。

別居の原因は性格の不一致。

それも妻側のワガママによるところが大きい。
妻が私に対して気に入らないとする点は、自分のことを棚上げしている、過剰な干渉以外の何物でもないからだ。

よって私が子供に対して、父親として接することに制限を設けられる筋合いはない。

このことを再三にわたり妻へ伝えたが、最終的に

「そんなことを言うならもう子供には会わせられない。」

と言われたため、法的措置を取らざるを得なくなった。


ここまで来ると、妻の言動は正気の沙汰とは思えない。



2月の妻側の身内との話し合いの場で、確かに先述の条件での入学式への出席をのんだ。

ただし、それは以下の条件付きでのことだ。

・上の子が私のことを怖がっている。
・私の入学式への参加を拒んでいる。
・私からの謝罪を受け入れてくれない。

2月の話し合いの場では、上の子が私のことを怖がっている可能性があった。
(怖がっている可能性というのも妻の捏造である可能性もあったわけだが)

そのために妻側の条件をのむ条件として、私側からも条件をつけた。

この条件対条件の関係は、あくまでも

「子供の意思を尊重する」

との考えのもとであることも確認して。


しかし、これらの条件は、後の妻とのやりとりの中で、取り消すこととなる。


2月の話し合いの後、上の子と電話をした。

上の子は私のことを許してくれた。

会って遊んでくれる。
卒園式、入学式にも出席をしてもよい。

これらを上の子は承諾してくれた。

上の子と話したあと、妻へ許してもらえたことを伝えた。
(電話のやりとりは過去の日記参照)

その電話で妻がこう口にした。

「入学式に参加して欲しくないのは、離婚後にあなたがいたという記録を残したくないからだ。」

これでは

「妻の意思を尊重する考えのもと」

に、入学式の参加方法に制限をつけるということである。

これは私の意に反していること、2月の話し合いの場で確認したことと違うとその場で伝えた。

たとえ離婚しても、私は子供に対して父親としてあり続ける。
それは妻が再婚しても変わらない。
妻が私をどう思おうと、私と子供を離すことはできない。それを行おうとすれば私への親権に対する侵害である。

いきなりここで「納得しろ」と迫ったところで、妻の性格上、感情的になり事が進まないことは明白であった。

そのため
「3月10日まで返答を待つ。返答の際に入学式の日程を教えて欲しい。」
との結論に留めることとした。


3月10日。

予想通り妻からの返答はなかった。

いつもの
「忘れていた」
との言い訳をさせないため、3月8日の面会の後に、来てくれたことへのお礼を伝えるメールとともに、10日までに返答を下さい、と再度お願いをしておいた。
合わせて面会の時間や頻度について、改善して欲しい旨も伝えた。

それでも返答がなかったため、日付が11日の午前0時を過ぎたあたりに、再度の催促を行った。

そうしめようやく、11日の日中に返答があった。


その内容はこうだ。


入学式4月5日


本当にこれだけだった。
妻の異常性を証明するため、メールの履歴を公開したいくらいだ。

約束を破った上、再三の催促への謝罪もなしに、さらには面会への改善要求も無視した上でのこのメール。

今後、関係修復も考えている人間の態度には、とても思えない。
それよりも妻の人間性の異常さを感じずにはいられなかった。

2月の話し合い以降、妻に対しては相当な神経を使って意思を伝えて来た。
反論をするにも疑問形で語気を弱めつつ、顔色を伺いつつ連絡をしていた。

これまでで相当なストレスを感じていたが、ここで爆発させては元も子もないと思い、必死に怒りを、感情を抑えて義母に連絡をした。

2月の話し合いの際に
「何かあったら私でもいいから連絡して」
と言っていたからである。



続く。