組織目標と個人の価値観
「日本人と組織」 山本七平

 日本人が組織の中で、組織一辺倒ではない社会人・地球人として判断・行動をする難しさの
本質を考える指導書である。
組織目標の達成のための行動と個人としての社会正義および倫感に基づく行動が背反する
ことがある。このとき、西欧人と日本人とで判断する相違点の根本が何であるのかを示唆、
また、考えさせてくれる。また、個人の一尊を確立していくため、哲学することに気づかせて
くれる。
 リーダーおよびリーダーを目指す人に読んでもらいたい本である。
個人の一尊を持つことの大切さに気づき、一尊を確立するために哲学することを決意する
契機とされたい。(以下、同書より引用)

組織とは。
 「一定の目標に対応するために、一定の契約に基づき、その契約を誓約した人間の集団」。
結局その中心は「組織の忠誠」で、これは組織そのものを構成する契約への忠誠で
あらなければならない。組織内の個人への忠誠は、逆に排除されなければならない。

われとわが身に誓う日本人。
 もし契約を破る結果になったら、自分で自分を罰しますという誓い。われとわが身に誓うは、
一種の事故絶対化であり、その絶対化した自己が、わが身を処罰するという形になる。
キリスト教ではこのような事故絶対化になる誓いを禁じている。絶対者(神)に対して、
人間はすべて相対化されている存在である。
 われわれの行う自己絶対化と自罰主義は、自罰という意識がなくなれば、各人勝手の
徹底的な他罰主義に転化する。

日本人の組織。
 信にかかわる問題と知にかかわる問題を峻別しないのが特徴である。戦後の日本の
あらゆる組織は、企業であれ、組合であれ、学会であれ、政党であれ、擬似神聖組織的
要素をもっていた。各人にとって、「知にかかわる」集団か、「信にかかわる」集団かが
不明であった。というより、人びとはこの点に問題意識を持たず、組織の加入はすべて
「信と知の両面にかかわる」問題と捉えていたわけである。

新井白石がキリシタンを排除しなければとした理由は、「二尊主義」にある。
 日本の根本思想=中国と考えて、天を祀ってよいのは皇帝だけ、個人は天を祀ることを
許さないとする。諸侯は、皇帝を天として祀り、臣下は諸侯を天として祀り、子は父を天と
して祀る。この秩序がなりたっているから個人がこの秩序を飛び越えて天を祀れば、
その個人には「二尊」ができる。こうなったら秩序は成り立たない。
 子はあくまでも親を天とすべきで、親を飛び越えて子が天と直結したら、その子は
「親と天」という二つの天につながるから心の内で「二尊」ができる。同様に武士には
「二尊」ができてしまう。これではすべての秩序が崩壊してしまうから、キリシタンは
排除しなければならない。

ヨーロッパ人には「二尊」があたりまえ。
 組織が「天」になると、この「天」を核家族の全員が心情的に祀っているとうい形に
なり、したがって企業神、組織神が存在するわけである。組織は、この組織を「天」と
する以外に許さず、その組織内の個が「二尊」を持つことを許容しない。また、個も
その組織とは別に、自分は他の「天」に直結せず、直結していない方が、その人間は
精神的に安定するわけである。
 ヨーロッパ人がしばしば日本の行き方が理解できないとするのはこの点である。
個人とは何かの「天」-それは必ずしも、彼の伝統的な宗教である必要はない-に
直結する形で、その個人主義が維持されているわけであり、これがなくなれば人間が
文字通りに「組織の細胞」になると考え、そうなれば、それは人間であることの喪失に
つながると考えるからである。

 ヨーロッパ人には、常に「二尊」があり、「二尊」があるのが当然で、これがあるゆえに
人間として生きていけると考えるのが、西欧の伝統的な考え方-というより「考え方」と
いう意識さえもち得ないほどの「あたりまえの状態-だからである。

日本人および日本型組織の変わり身の早さ
 「二尊」がなくて、組織が組織として新しい説を受け入れると、すぐさま「天の多様化」
が行われ、その組織内の人間は、直ちに「転向」してしまって不思議でないわけである。

 これが「二尊」の個人ならば、組織の新しい思想のもとに「組織的転向」をすれば、
それはそれなりに「尊」の一つとなって、人びとは、その秩序に従うであろうが、もう一方、
天に直結する方の「尊」では各人では変化はないという状態になりうる。また、この逆も
ありうるわけで自分が何らかの思想的転向をしたとしても、それによって組織の一員
として以前と同じように、その内部にいられるわけである。

 二尊主義は二つの尊の間の矛盾を生きることである。
 人間は動物と違って、その矛盾した位置に生きているとするのがこの考えの前提であり、
同時にこの矛盾においてはじめて「個」の確立があり得、「個」の確立によって進歩が可能。