喰女 クイメ
PG12なので中学生の娘を連れて行こうと思ったが「怖いからイヤ」と言われ、一人でイソイソと観に行ったのですが、観終わって思う。ああ、娘を連れて行かなくてホントーに良かった。この映画はズバリ「オーディション」の三池崇がパワーアップして押し寄せてきましたぞ、という感じ。
映画を見る前は劇中劇の体裁かと思っていたのですが、実際は劇のシーンがメインで現実のドラマはストーリー補強のための付け足し程度。付け足しといってもそっちもスゲー怖い。この映画は企画が市川海老蔵とのことで、おそらく海老蔵としては鶴屋南北の歌舞伎の演目である四谷怪談そのものを現代の技術で以て映像化したかったのではないかと思う。ただ、それでは現代の映画として売り物にならないから「女優がお岩の役にシンクロして・・」という取っ掛かりを加えたのではないかと思います。
そもそも四谷怪談というのは、話の美味しい部分はお岩にあるのだけれど、一本のストーリーとして見た場合、役として重要なのは明らかにお岩よりも伊右衛門のほうであって、クライマックスはお岩の「うらめしや~」だとしても、そこに至までの伊右衛門の人間の屑っぷりやムカつくような身勝手さや、それでも女をタラし込むだけの説得力だとか、歌舞伎用語でそういう男を「色悪」と言うらしいのですが、そういう意味で海老蔵は正にこの人にしか出来ないとても良い仕事をしたと思います。
ただ一点、海老蔵にダメだしをしてしまうワタクシでありますが、映画の冒頭で海老蔵が舞台の稽古に入って来る時に、おそらく男のだらしなさを表現するために足をズルズルと床に摺るような、いわゆる若者的ヤル気の全く無いダラダラした歩き方をしているのですが、いかんせん幼い頃から芸事に精進してきたせいで立派に体幹が通ってしまっており、腰から上体がビシッと直立しているのに足だけがズルズルしているという、なんだか珍妙な歩き方になってました。そんだけ。
映画におけるホラー演出は、ショッキング映像をバーンと見せる驚かしよりも、心理的にジワジワくるような、観客の平衡感覚を徐々に奪うような、そういう真綿で首を絞める感じで、この感覚は監督の傑作ホラー「オーディション」に近いと感じました。「キリキリキリキリ」に匹敵するかはさておき、中盤の柴咲コウのとあるシーンに、ワタクシ思わずオマタをギューッと閉じた次第でござりまする。いやもうオッサンのくせに思わず。
映画を見る前は劇中劇の体裁かと思っていたのですが、実際は劇のシーンがメインで現実のドラマはストーリー補強のための付け足し程度。付け足しといってもそっちもスゲー怖い。この映画は企画が市川海老蔵とのことで、おそらく海老蔵としては鶴屋南北の歌舞伎の演目である四谷怪談そのものを現代の技術で以て映像化したかったのではないかと思う。ただ、それでは現代の映画として売り物にならないから「女優がお岩の役にシンクロして・・」という取っ掛かりを加えたのではないかと思います。
そもそも四谷怪談というのは、話の美味しい部分はお岩にあるのだけれど、一本のストーリーとして見た場合、役として重要なのは明らかにお岩よりも伊右衛門のほうであって、クライマックスはお岩の「うらめしや~」だとしても、そこに至までの伊右衛門の人間の屑っぷりやムカつくような身勝手さや、それでも女をタラし込むだけの説得力だとか、歌舞伎用語でそういう男を「色悪」と言うらしいのですが、そういう意味で海老蔵は正にこの人にしか出来ないとても良い仕事をしたと思います。
ただ一点、海老蔵にダメだしをしてしまうワタクシでありますが、映画の冒頭で海老蔵が舞台の稽古に入って来る時に、おそらく男のだらしなさを表現するために足をズルズルと床に摺るような、いわゆる若者的ヤル気の全く無いダラダラした歩き方をしているのですが、いかんせん幼い頃から芸事に精進してきたせいで立派に体幹が通ってしまっており、腰から上体がビシッと直立しているのに足だけがズルズルしているという、なんだか珍妙な歩き方になってました。そんだけ。
映画におけるホラー演出は、ショッキング映像をバーンと見せる驚かしよりも、心理的にジワジワくるような、観客の平衡感覚を徐々に奪うような、そういう真綿で首を絞める感じで、この感覚は監督の傑作ホラー「オーディション」に近いと感じました。「キリキリキリキリ」に匹敵するかはさておき、中盤の柴咲コウのとあるシーンに、ワタクシ思わずオマタをギューッと閉じた次第でござりまする。いやもうオッサンのくせに思わず。