ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う
去年の秋に公開された際に、観よう観ようと思いながら時間に余裕ができたのが日曜の午前中だったので、「朝から石井隆ってのはキツそう」とミックマックを観てしまったのだ。それきり「ヌードの夜」は終わってしまい、ワタクシは自分の迂闊さに涙したものでした。
しかし神様はちゃーんと迷える子羊を見守ってくださり、救いの手をさしのべてくださるのであります。このたびディレクターズカット版が自分のために上映される運びとなり、ワタクシは万難を排して劇場に出かけることができたのでした。神様ありがとう僕にヌードの夜をくれて。
で、感想ですが、この映画は何よりも佐藤寛子のボディのド迫力に尽きる。彼女自身のプロポーションの良さはもちろんのこと、石井監督は彼女のヌードに最大のインパクトを持たせるために「ヌードの夜」を作った筈。その他の要素、大竹しのぶや竹中直人の演技や夜の闇の色とそこに浮かぶネオンの不埒さは佐藤寛子の添え物でしかない。個人的には竹中直人が這いずりながら携帯電話を取り戻したその先に、人を殺したばかりの佐藤寛子のハイヒールを履いた脚だけ見えているシーンがゾクゾクするほど大好きなのだけれど、そういった演出的な効果も全部ヒロインの魅力にカウントして良いのだ。
話は変わりますが、映画というのはテレビと違って、ヒロインの魅力一発で一本もってしまうことがある。原田知世の「時をかける少女」や田中麗奈の「がんばっていきまっしょい」や長澤まさみの「ロボコン」などなど。他にもいくらでもあるのだが、まだ世に出る前の魅力的な少女と、その少女の魅力を何が何でもスクリーンに映してやるんだというオッサンのスケベ心が反応し合ってヒロインのためだけに全てが存在する映画がたまに生まれる。石井隆監督の作品はもともと他の映画よりヒロインの存在感によって成立する特徴があるけれど、今回の佐藤寛子は自分としては前作(というのか?)の「ヌードの夜」の余貴美子に次ぐインパクトがありました。
個人的にはオールヌードのシーンよりもポールダンスのシーンのほうが扇情的でございまし・・あ、竹中直人とのローションプレイは別格で。最後のほうはエロというよりひたすら壮絶で、薄幸そうな顔立ちと相まって彼女の姿に魅入られたようにスクリーンを凝視しておりました。観終わって目も肩もガチガチに疲れましたが、久々に映画をこれでもかと堪能できました。
こんな人にオススメ:とりあえず18歳以上の男は全員観るべきだと思うな。
しかし神様はちゃーんと迷える子羊を見守ってくださり、救いの手をさしのべてくださるのであります。このたびディレクターズカット版が自分のために上映される運びとなり、ワタクシは万難を排して劇場に出かけることができたのでした。神様ありがとう僕にヌードの夜をくれて。
で、感想ですが、この映画は何よりも佐藤寛子のボディのド迫力に尽きる。彼女自身のプロポーションの良さはもちろんのこと、石井監督は彼女のヌードに最大のインパクトを持たせるために「ヌードの夜」を作った筈。その他の要素、大竹しのぶや竹中直人の演技や夜の闇の色とそこに浮かぶネオンの不埒さは佐藤寛子の添え物でしかない。個人的には竹中直人が這いずりながら携帯電話を取り戻したその先に、人を殺したばかりの佐藤寛子のハイヒールを履いた脚だけ見えているシーンがゾクゾクするほど大好きなのだけれど、そういった演出的な効果も全部ヒロインの魅力にカウントして良いのだ。
話は変わりますが、映画というのはテレビと違って、ヒロインの魅力一発で一本もってしまうことがある。原田知世の「時をかける少女」や田中麗奈の「がんばっていきまっしょい」や長澤まさみの「ロボコン」などなど。他にもいくらでもあるのだが、まだ世に出る前の魅力的な少女と、その少女の魅力を何が何でもスクリーンに映してやるんだというオッサンのスケベ心が反応し合ってヒロインのためだけに全てが存在する映画がたまに生まれる。石井隆監督の作品はもともと他の映画よりヒロインの存在感によって成立する特徴があるけれど、今回の佐藤寛子は自分としては前作(というのか?)の「ヌードの夜」の余貴美子に次ぐインパクトがありました。
個人的にはオールヌードのシーンよりもポールダンスのシーンのほうが扇情的でございまし・・あ、竹中直人とのローションプレイは別格で。最後のほうはエロというよりひたすら壮絶で、薄幸そうな顔立ちと相まって彼女の姿に魅入られたようにスクリーンを凝視しておりました。観終わって目も肩もガチガチに疲れましたが、久々に映画をこれでもかと堪能できました。
こんな人にオススメ:とりあえず18歳以上の男は全員観るべきだと思うな。