療育に通い始めて、もうすぐ1年になります。

最初の頃は、不安もありましたが、
今振り返ると「あの時動いてよかった」と思えることも増えてきました。

今日は、通い始めた当時のことと、今感じていることを振り返ってみます。


 

  行く前に想像していたこと

 

妻は、あまり深く構えてはいなかったものの、
「どんな子たちと同じグループなんだろう」と思っていたそうです。

私はというと、
どこか保育園のようなイメージを持っていました。

でも実際は、よく分からない。
雰囲気も、流れも、親の立ち位置も、想像がつきませんでした。

「うまくやっていけるのだろうか」

はっきりした不安というより、
輪郭のぼんやりした緊張感がありました。


 

  初回(最初の数回)の様子

 

妻から聞いた話では、
娘は場所見知りや人見知りもしなかったそうです。

ただ、いろんなおもちゃがあるのが楽しかったのか、
あちこちと移動して、座ったと思ったら次へ。
なかなか落ち着かず、忙しそうだったと聞きました。

親同士での自己紹介の時間もあり、
「こんな感じなんだ」と思ったそうです。

特別に劇的なことがあったわけではなく、
淡々と始まった、という印象だったようでした。


 

  親として感じたこと

 

妻は、自己紹介が苦手なので緊張していたようですが、
「やっと本通園になった」と、どこか安心もあったようです。

私は、娘が生後半年の頃、
保健センターの保育室に預けたときのことを思い出していました。

そのときは、1時間ずっと泣いていたことがあり、
知らない人と一緒にいる環境に、少し不安がありました。

でも今回、人見知りせずに遊べたと聞いて、
少しだけほっとしたのを覚えています。


 

  通い始めて少し経ってからの変化

 

妻は、「他の子どもを“他者”として分かってきたのかもしれない」と感じたそうです。

私が成長を感じたのは、通い始めて4〜5か月ほど経った頃でした。

室内の遊び場で、
娘のドキンちゃんのおもちゃを他の子が持っていったことがありました。

泣くわけでも、怒るわけでもなく、
療育で覚えた「ちょうだい」のハンドサインをしながら、
一生懸命その子を追いかけていたんです。

言葉はまだうまく出ていませんでしたが、
「伝えようとしている」という姿に、成長を感じました。

言葉がなくても、理解はしている。
そう思えた瞬間でした。


 

  今、思っていること

 

 

妻は、
「様子を見ましょう」と言われ続けて悩んだ時期もあったけれど、
医師に「療育は早く始めたほうがゴールが良い」と言われて動いてよかった、と話しています。

 

頭囲のことも、遺伝だと分かり、
今では二語文も少しずつ出てきて、歌も歌うようになりました。

月齢なりの成長もあるとは思いますが、
それでも確実に前に進んでいる、と感じているようです。

私自身も、
まだ“宇宙語”のような言葉は多いですが、

「りんご ちょうだい」
「もう一個」
「あきかこ(ありがとう)」
「おいしい」
「いらない」
「いやー」

など、語彙が増えてきて、
娘の気持ちが少しずつ分かるようになってきたことが嬉しいです。

偏食がある子なので、
「ちょうだい」「いらない」が分かるだけでも、
毎日がずいぶん楽になります。

正解だったのかどうかは、まだ分かりません。

でも、あの時立ち止まらずに動いたことは、
今の私たちには、意味のある選択だったと感じています。

 

 

振り返ってみると、
「よし、相談しよう」とはっきり決めた瞬間があったわけではありません。

ただ、いくつかの気がかりが、
少しずつ積み重なっていった時期でした。


 

  様子を見続けていた理由

 

年齢が進んでも、娘の言葉はなかなか増えませんでした。

保健センターに相談しても、
「模倣はできているから、もう少し様子を見ましょう」
と言われることが多く、その言葉に納得しようとしていました。

周囲からも、
「そのうち話すよ」
「心配しすぎじゃない?」
そんな声をかけられることがほとんどでした。

私自身も、
「もうすぐ話してくれるんじゃないか」
という希望を、どこかで持っていたと思います。

だからこそ、
すぐに次の行動に移ることができずにいました。


 

  妻が感じていた不安

 

一方で、妻は別の不安を抱えていました。

娘は、いずれ幼稚園に通わせるつもりでいました。
でも、
「このままで入れるのだろうか」
「もし入れなかったらどうしよう」

そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていたようです。

言語の発達は、娘にとってとても大切なこと。
妻は、そこを強く意識していました。


 

  「療育」という言葉を聞いたとき

 

「療育」という言葉を初めて聞いたとき、
私たち夫婦で受け止め方は少し違っていました。

妻は、
「混んでいるって聞くけど、入れるのかな」
と、現実的なことを心配していたようです。

私はというと、
正直なところ、
「障害を抱えている子が行く場所」
というイメージを持っていました。

すぐに理解できたわけでも、
すんなり受け入れられたわけでもありませんでした。


 

  背中を押した医師の一言

 

そんな中、別の用件で医師と話す機会がありました。

そのときに言われたのが、
「療育は、早く始めたほうがゴールが良いですよ」
という言葉でした。

また、小児科の先生からも、
同じような話を聞きました。

「早めに始めることが、結果的に娘のためになる」

その言葉は、
私たちの中で、静かに重みを持って残りました。


 

  迷いながらも、進めることにした理由

 

私の中には、
「もう少ししたら話してくれるかもしれない」
という気持ちが、やはりありました。

それでも、
妻ははっきりと
「早く始めたほうがいいと思う」
と言っていました。

今後の言語発達は、娘にとって重要なこと。
そこについて、夫婦で大きく意見が割れることはありませんでした。

最終的には、
妻の強い思いに背中を押される形で、
受診することを決めました。


 

  実際に動き出して感じたこと

 

申し込みを進めていく中で、
「やはり混んでいる」
「本通園はいつからになるのだろう」
そんな不安も出てきました。

妻は、
「先のことは分からないけれど、
やれることには手を打った、という気持ち」
だったようです。

私は、
娘が同年代の子と一緒になることが初めてだったので、
正直、不安もありました。

ただ、親子通園で妻と一緒なら、
なんとかなるかもしれない。
そんなふうにも考えていました。


 

  知らなかったこと、ショックだったこと

 

正直に言うと、
療育はもっとハードルが高いものだと思っていました。

ところが、面談の結果、
娘は2歳でしたが、
発達は1歳7か月相当と説明され、
すぐに支援が始まることになりました。

「年齢より遅れている」

その言葉を聞いたとき、
頭では理解しようとしても、
気持ちが追いつかず、少なからずショックを受けました。


この時点では、
先のことは何も分かっていませんでした。

ただ、
様子を見るだけだった時間から、
一歩、動き出した。

それが、
療育につながる、最初の一歩だったのだと思います。

 

午後、娘といつもの公園に行きました。

公園に着くと、娘はすぐに走り出していました。
特別なことをしたわけではなく、ただ、いつも通りの公園です。

それでも、この日は少し、心に残る場面がいくつかありました。


 

 

 走り回りながらも、周りを見ていたこと

 

 

滑り台では、先に遊んでいる子がいると、
少しおっかなびっくりした様子で、様子を見ていました。

それでも、
前の子がちゃんと滑り終わるのを待ってから、
順番に滑ろうとする姿がありました。

うまく言葉でやりとりするわけではないけれど、
「今は待つ」ということは、ちゃんと分かっているように見えました。


 

 少し離れたところを見る余裕

 

公園の端に、小さな山のようになっている場所があります。

そこに登って、娘は少し立ち止まり、
あたりをきょろきょろと見回していました。

近くでキャッチボールをしていたのは、
中学生くらいの女の子たち。

特別に近づくわけでもなく、
ただ、遠くからじっと眺めていましたが、
その姿が、なんだか印象に残りました。


 

 できることと、まだ助けがいること

 

山の上まで登ったものの、
降りるときには少し怖くなったのか、
こちらを見て「抱っこ」を求めてきました。

自分でできるところまでやって、
難しくなると助けを求める。

その感じも、今の娘らしいなと思いました。


 

 帰りのスーパーで見えた成長

 

帰りに寄ったスーパーでは、
子ども用のカートを自分で押していました。

「りんご入れて」と声をかけると、
「りんご」と言いながら、かごに入れてくれました。

買ったオムツの袋も、
小さな手で一生懸命持ってくれていました。

重かったと思いますが、
最後まで、頑張って運んでいました。


 

 何でもない午後だけれど

 

特別な出来事があったわけではありません。

でも、
公園での様子や、スーパーでのやりとりを振り返ると、
「ちゃんと、いろいろ感じながら過ごしているんだな」
そんなふうに思えた午後でした。

できないことも、まだたくさんあります。
不安がゼロになるわけでもありません。

それでも、
こういう何気ない一日が、
少し安心につながることもあるんだなと感じました。