幸せのシンボル
「小倉百人一首」を何度も読み返すうちに、作者の実像が少しずつ見えてくる様で、次第に引き込まれていく。子供の頃は正月が来るとカルタ取りをするのが楽しみだった。「いろはかるた」も楽しかったが、百人一首のカルタ取りの方が、ちょっとばかり背伸びした気がして夢中になって覚えたものだ。読み手はいつも母の役目で、私にその歌の場所を目で教えてくれたりもしたが、姉達はその違反行為に気付かぬふりをしてさっとかっさらってしまう。それでも皆んな笑いながら母との遊びを何より楽しんだものだ。 子供が学校に上がると私は「百人一首」のカルタを是非買おうと意気込んでは いたが、時代とともにやりたいことが多くなり、忘れ去られ消えていった。幸せのシンボルのように体のどこかへ張り付いてでもいたのだろうか。今後 私にどれほどの時間が残されているのか知らないが、藤原定家が選んだ百の歌をじっくりと味わってみようと思い立ったのである。 天津風 雲の通ひ路吹き閉じよ 乙女の姿しばしとどめむ母はこの歌が好きだった。