選挙が終わった。
 結局、自公の大勝利。野党では、自公の反対票の多くは立憲民主党に流れた。
 希望の党は、小池さんの「排除します」で負けた。で、小池さんは批判の矢面に立たされている。

 民進党の全員を受け入れて「反自民」の旗頭でまとまって戦っていたら、与党と拮抗できる一大勢力になっていたのに…。小池さんが立候補していたら、もっと票が入ったろうに…。
 
 それってちょっと違わくない?
 まずは、基本的な考え方が違う人が一つの政党にいるほうがおかしいでしょうよ!志が同じだからパーティーになるんでしょうが!議席を取るためだけに表面上同じパーティーにいるほうがよっぽど最低だ!
 「考え方の違う人は入れない」というほうが、よほどまともだろう。
 マスコミも世論も「排除」という言葉にこだわってるが、「遠慮していただく」だったらよかったの?
 あるいは、選挙が終わってからゴタゴタして分裂したほうがよかったというの?それこそ国民をバカにしていない?

 政治家にとって言葉は命かもしれないが、あまりにも表層的な物の見方だ。物の本質を捉えましょうよ。

 そうそう、選挙終盤、民進党から希望の党に移った候補者が、反自民層の票欲しさか、「憲法改正反対!」と叫んだそうな…。ふざけるな!である。お前は選挙に勝つことしか頭にないのか!憲法改正反対ならば、最初からそう言え!そしたら排除されて立憲民主党に入って今頃当選していたかもしれない。それが希望の党なら勝てると思って、自説を曲げたんだろうが!恨むなら、己の選択ミスを恨むべし。
 いや、違う。政治家は、政策や理念の志を持つべし。当選することが自己目的となっている奴は、もはや政治家ではない。だから、立候補してはいけないのだ。

 次に、小池さんが立候補しなかったから負けた、ってことは、希望の党には「小池百合子」という看板以外には何もなかったというだけのことでしょう?政策で国民を引きつけるものがなかったということだよね。そんな中身のない希望の党に自分から望んで入ったんだよね?それを今さら文句を言うとは、どういう精神構造なんだろう?理解できない。

 何でもかんでも他人のせいにする風潮がとみに顕著になっている日本だが、政治家を志す者までがこれでは困る。

 自分は中身がない。だから小池さんを頼ろうとした。だけど小池さんは頼りにならなかった。えらい目にあった。小池さん、あんたは間違ったんだ、責任を取れ!
 平たく言うと、こんな感じだ。どこにも中身のない自分を反省する弁はない。

 私は小池さんを支持してはいない。しかし、これだけ小池さんを叩くことが理解できない。いや、腹立たしい。

 これが一般国民レベルの意見ならば、笑うことも出来ようが、希望の党や民進党の候補者が言っていることに腹が立つ。

 また、もし小池さんの失態がなければ自民党をもっと追い詰められたのに…という思いが見え見えの新聞の報道や有識者の発言にも腹が立つ。一人くらい「排除します発言は、票を減らしても原理原則を貫こうとした勇気ある発言」と言う識者やマスコミはなかったのか?マスコミも勝つことだけが大事と考えてるのかな?
 
 国民は、あの大雨の中、選挙に出かけて、自民党を選んだのだ! それを素直に認めようよ。その上で、自民党が間違っているというのならば、キャンペーンを張ればいい。

 国民は小池さんが失敗したから自民党に入れた訳ではない。政策の面で、自民党の主張を支持した、あるいは、まだ自民党のほうがましだ、と考えて投票したのだ。何でもかんでも小池さんのせいにするな!

 本当にむかっ腹の立つこの頃だ。