乳がんの予後に大変否定的な内容です。
闘病中の方、治療方法を模索中のご家族等も、絶対に読まないで下さい。
久し振りの投稿になりました。
気付いたら年が明けて2月も半ばですね。
息子の受験真っ只中で、駆け抜けていたこともあり、母の死に向き合う時間が減っていたことはある意味救いだったかもしれません。
けれど、無事受験もおわり、息子の進路につき一番相談したい相手だった母がいない。
お金を取るべきか、恵まれた環境をとるべきか、親しんだ地元公立に進むべきか、遠距離通学は無理ではないかと悩んで悩んで。
父と息子は早々と私立に決めたけど、私は今でも悩んでいるし、最悪通いきれなくて、途中で公立に転校も有り得るかも、と思ってしまっている。
父の送迎があれば何とか通えるかもしれないが、いつまで父も元気でいられるかわからないし、弟は公立しかいけないだろうから、ひとりだけ高望みしても、、、と思ったり。
母は確かに信心深い人だったから、私立進学は喜んでくれるとは思うけど、体力的には賛成しかねると思うのだ。
そこが母の優しさ、慈悲深さでもあったとわたしは知っている。
どうなることやら、、私立への進学。
まえおきが長くなりましたが、色々調べても本当のことをかいてある記事は少ないのではっきり私が書きます。
乳がんの予後は良好だとか、進行がゆっくりだとか楽観的な記事が多いし、もしかしたら世間一般はそうなのかも。
でも、私の母は乳がん発覚からあっという間に骨と肝臓と脳に転移し、進行のスピードは早かった。
肝臓に転移してからは更に早く、二年半で亡くなった。
最後は悪液質でやせ細り、せんもうに苦しみながら亡くなった。
これが乳がん死亡の実態である。
小林麻央しかり、田中好子然り、乳がんの闘病ブログを見ても、肝転移した人の殆どが死亡している。
乳がんはけして安心な癌などではない。
予防できるとか、予後が良いなんてのはごくわずかの爪の上の砂の人数だと思う。
乳がんのほとんどは浸潤する=転移するがんで、余程初期に取り去らないと血管で全身を巡って微小転移が起こる。
ラッキーなひと、免疫力の高い人は、そこでくい止めることができるか、血管新生阻害剤も併用してとことん焼け野原になるまで抗がん剤治療をして、根治もめざせるかもしれない。
息子の進路の話に戻るが、母だったらお金もそうだし、喉の病気や左足股関節の痛みなどの経緯から、無理せず公立にいけば、と言ったかもしれない。
闘病中の方、治療方法を模索中のご家族等も、絶対に読まないで下さい。
久し振りの投稿になりました。
気付いたら年が明けて2月も半ばですね。
息子の受験真っ只中で、駆け抜けていたこともあり、母の死に向き合う時間が減っていたことはある意味救いだったかもしれません。
けれど、無事受験もおわり、息子の進路につき一番相談したい相手だった母がいない。
お金を取るべきか、恵まれた環境をとるべきか、親しんだ地元公立に進むべきか、遠距離通学は無理ではないかと悩んで悩んで。
父と息子は早々と私立に決めたけど、私は今でも悩んでいるし、最悪通いきれなくて、途中で公立に転校も有り得るかも、と思ってしまっている。
父の送迎があれば何とか通えるかもしれないが、いつまで父も元気でいられるかわからないし、弟は公立しかいけないだろうから、ひとりだけ高望みしても、、、と思ったり。
母は確かに信心深い人だったから、私立進学は喜んでくれるとは思うけど、体力的には賛成しかねると思うのだ。
そこが母の優しさ、慈悲深さでもあったとわたしは知っている。
どうなることやら、、私立への進学。
また、一昨日の夜溜まった服をせいりしていたら、生前母が左腕につけていたサポーターが沢山出てきて、悲しくなってわんわん泣いた。
母の腕を守っていたサポーター達、いつも合う締め付け・緩さを試していた母のことを思い出し、懸命に生きた在りし日の母を思い、涙が溢れて止まらなくなった。なぜ私のぐちゃぐちゃな服の中に袋ごとあったのか謎だが、母の体の一部のような物だから、全てのサポーター。骨壺にいれた。
まえおきが長くなりましたが、色々調べても本当のことをかいてある記事は少ないのではっきり私が書きます。
乳がんの予後は良好だとか、進行がゆっくりだとか楽観的な記事が多いし、もしかしたら世間一般はそうなのかも。
でも、私の母は乳がん発覚からあっという間に骨と肝臓と脳に転移し、進行のスピードは早かった。
肝臓に転移してからは更に早く、二年半で亡くなった。
最後は悪液質でやせ細り、せんもうに苦しみながら亡くなった。
私は駐車場の仕事を終えた後、行く必要もない文具とファンシー雑貨を見に、群馬県館林市にいて、緊急電話がかかってきたのに間に合わず、母の死に目にもあえなかったひたすら親不孝な愚女である。
これを思うと、ほんと死にたい。
だからこそ、今は用事がないのにブラブラ買い物やウインドーショッピング等できなくなった。こんなことも母に教えられなければわからないのか、馬鹿な私は。これが乳がん死亡の実態である。
小林麻央しかり、田中好子然り、乳がんの闘病ブログを見ても、肝転移した人の殆どが死亡している。
乳がんはけして安心な癌などではない。
予防できるとか、予後が良いなんてのはごくわずかの爪の上の砂の人数だと思う。
乳がんのほとんどは浸潤する=転移するがんで、余程初期に取り去らないと血管で全身を巡って微小転移が起こる。
ラッキーなひと、免疫力の高い人は、そこでくい止めることができるか、血管新生阻害剤も併用してとことん焼け野原になるまで抗がん剤治療をして、根治もめざせるかもしれない。
でも母は違った。母は持病のハンデもあったし、きれいなままなくなった。
抗がん剤やフルベストラントが逆に寿命を縮めたのかもしれないし、運命がアンラッキーだったのかもしれない。
残念ながら、私のような愚女が生まれたことが最たるアンラッキーさを表している。
だから、母には絶対来世は幸せになってほしいし、辛さや苦しみのない仏界があるならばずっとそこにいてほしい。
やりきって、清らかな母のこと、間違いなく不足のない場所に生まれると思う。息子の進路の話に戻るが、母だったらお金もそうだし、喉の病気や左足股関節の痛みなどの経緯から、無理せず公立にいけば、と言ったかもしれない。
高校受験をパスするには、あまりに大きな出費でもある。
文中で自分が馬鹿だと書いているが、私は最近周りで私馬鹿だからーと言う人がたまたま複数いて、イラッとした。
それ、敢えて言わなくて良い台詞だと感じる。
(私馬鹿だから)詳しく教えてもらわないとわからなくて
とか
(私は馬鹿なんで)iPhoneを買っちゃった
とか。
わかってるなら言うなよ、やるなよ、と思うし、敢えて言うあたりが馬鹿っぽい。