の基準について思う。
わたしは個人的に万人にとってのいいひとは、
この世にひとりとて絶対に存在しないと考えている。
誰かにいいひと だと言われるひとでも、
別の誰かに苦手に思われていたり嫌われていたり憎まれていたりすることがあると思う。
人はそれぞれ。十人十色。
価値観、趣味趣向、好みも感覚も、すべてが違う。
相性もある。
そもそもが生まれ育ってきたバックラウンドがひとりひとり全然違う。
だから、ひとによって感じることも思うことも違って当然。
みんながピッタリ同じはずがない。
結局、
いいひと とは、
自分にとって都合のいいひと
なのだとわたしは思う。
なのに、例えばわたしが個人的に苦手な人物をさして、
「あのひとはいいひとだよ?」と、さも自分がいうのだから間違いないよ、
と言わんばかりに言い放つ人間がいることに違和感を覚える。
いや、いや。
それは、あなたがいいひとだと思っているだけだから。
わたしは思ってないの(笑)
そう思わない理由があるの(笑)
まるで、いいひとだから思い直してください、
という個人的に思っていることの一方的な押し付けだから。
これってとてもストレス。
また、
悪気はないから
ともよく聞く。
弁解とか言い訳とか相手を擁護する時とか。
なかには諭すかのように正義感で言うひともいるね。
「この世の中、根が悪いひとはひとりもいない」とかいうね(笑)
これも個人的には異論あり。
そもそもが、悪気があるか、ないかじゃないの。
視点がズレてるよ。
悪気がなければ、何しても、何を言っても、許されるの?
かんたんに流せるものなの?
なぜひとは、ことの根本を見ようとしない?
ことの論点が見られない?
悪気があろうがなかろうか、
ある事柄によって相手が不快だったり傷ついたり気分がわるくなったりした、
その原因(理由)があるということが何よりもの問題であり事実だよ。
はっきり言って悪気がどうかなんて、どうでもいいんだよ。
いいひとだから
悪気はない
ですべて容易に済むのなら、誰もムカついたり気分を害したり傷ついたりしないよ。
つくづく発する言葉は、その人の人生経験値を示すものだね。