生まれて初めて救急車に乗った! | コリアna自遊空間

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1999年世紀末〜一筋にSECHSKIESと고지용(コジヨン)だけのファンです♡

実はブログ休止中、その前に、色々なことがありまして。。。

全部ぶっちゃけたいですが、とりあえず。



今わたしは、病気療養中の身です。

それでしばらくは海外とか韓国はおあずけ。。。しょぼん


3月下旬頃の早朝、
急に左腰裏付近に今まで感じたことがないような激痛がはしりました。

すぐにおさまるかとしばらく我慢して耐えていたのですが、
激しい痛みの波が襲ってきては引き、
また襲ってきては引く、その繰り返し。。。

それから悪寒がして高熱が出てきて、
あまりの痛みに耐えられずに嘔吐を繰り返し。

なにかおかしい。
これは普通の病気とは違う。。

どんな体制をとっても痛みが引かず、また激しい痛みが襲ってきたときに観念して、
ついに自ら救急車に助けを求めました。
無我夢中で「たすけてください」と叫んでました。

こういう時、周りに家族もすぐに呼べる友人もいないって、
本当に大変だし辛いものですね。。

まもなく救急車がきて、すぐに救急隊員の方々に保護されて、
ひとりで生まれて初めて救急車に運ばれました。

車内でバイタルとか色々検査したり、問診受けたり、
他に誰も答えてくれる人がいないので、
苦しい痛みを堪えて自分ですべて対応しなければならなかった。

家族は?
近くに友達は?

やっぱり聞かれて。
いないです、誰も。
ひとりの現実をつきつけられて、さらに辛くなる。。。

でもその時思ったのです。
ああ、人間ってこうしてひとりで死んでいくのだなあ、と。

なんでも自ら経てみなきゃわからないことばかり、ですね。。。

それから救急病院に搬送されて、
診断されたのが『尿路結石』でした。

CT検査したら、わたしの腎臓は石だらけ。

たくさんの石のうちの一つが腎臓から出て尿管に落ちて、
三大激痛ともいわれる症状が襲ってきたようです。
熱と出血もあるので感染症の疑いもあり、と。

病院に搬送されてからも、
痛み止めの点滴もなかなかきかず激痛で気がおかしくなりそうになって、
このまま死んだ方がまし!と思って「もうイヤだ!!」と泣いて叫んで。
これまでの辛かったこと、苦しかったことが走馬灯のようにかけめぐって、
心からもうなにもかもイヤだ、すべて投げ出してしまいたい、そう思った瞬間でした。

付き添ってくれていた年配の看護師さんに、
「痛かったね。辛かったね。
ちゃんと先生が助けてくれるから、大丈夫だから。」と何度もなだめられて、
正気を取り戻してきたころに薬が効いてきて、ようやく眠りにつくことができました。

結局諸事情により入院はせず自宅療養と通院となり、
それからも激痛が襲うたびに2度も続けて、救急搬送。。

本当に地獄でした。
これまで生きてきて、ずっと病気らしい病気もしたことがなくて、
自分は健康だと思っていたので、結構ショックだった。

でも死ぬような病気じゃないみたいだから、
とりあえず北海道にいる家族は安心していたのでよかった。
今わたしに何かあれば、お母さんは生きていけない。
今回も号泣されてしまった。。。

原因として、
わたしの場合は父親の遺伝や高血圧症がとくに当てはまるのだけど、
”極度のストレス”もあるのだと知らされて、すぐに思い当たることがあったので納得しました。

そして発病から約一週間してから、
石が膀胱までおりてきたのがわかって、無事排出!
でも石は確認できなかった。

信じられないくらい、何事もなかったかのようにスッキリー☆
ああ、どこも痛くない、苦しくないって幸せー!心からそう思いました。。。

普通にずっと座ったまま、ご飯が食べられる。
普通に眠れるし、寝返りもうてる。
今まで普通だったことが、普通じゃなかったんだと実感。。

のもつかの間。

それから2~3日後、今度は右腰裏に覚えのある激痛がはしりました。
悪夢すぎる。

2個目の石が落ちてきたんですドクロ

今度は『腎結石』。
結石って、場所によって病名が変わるらしい。。。

超音波検査してレントゲン撮って。
先生が「これは道のり長そうだなあ…」と。
石排出まで長期戦になることを告げられる。
ショックだった。。

今も小さな爆弾を抱えながら、
薬とボルタレン(痛み止め)をお守りのように持って歩く日々です。

つくづく健康は、何ににも代えがたいくらい宝ですね。。

でもまた、韓国行けるようになるまで、がんばるー☆