今朝、ようやく自分のお家に戻ることができました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
今回は皆それぞれが、数時間かけての帰宅という状態で、
それでも生きて無事に帰ることができたことだけでも、不幸中の幸いだといえます。
お家の中は、細かいものが散乱している程度で、破損したりとかはなかったので安心しました。
帰りの電車の中は早朝にも関らず大勢の人で、そんな人々の表情はいずれも憔悴しきって、
突然の災害によるショックは想像以上だと思いました。
私も、今回は
「もう、ダメかもしれない…」
これが関東直下型地震かと、大きく揺れている間中、本当にそんなことを考えていました。
ビルの高層階にいたので、公表されてる震度よりもさらに上回る揺れだったのだと思います。
最初は横に揺れ、次には下から突きあがるような縦揺れ。。
ヘタに動くこともできず、どこにも非難ができず、どこにも逃げ場がなく、
何をどうすることもできませんでした。
「このままビルが崩壊するかもしれない。」
それほどの揺れでした。
(が、震災直後に佐○急便の兄ちゃんが、普通に配達に訪れました…)
こういう時の人間って、諦めに近いような、次第に観念してしまうというか、
自然の力には逆らえないのだと、普段とは違う意識状態になるようです。
ある意味、冷静です。
そんな時、走馬灯のように色んなことが頭の中をかけめぐって、
一瞬で本当に大事だと思う人々のことが思い出されました。
何か、メッセージを残さないと、とか。
大事な人に、最期にできることを考えていました。
不謹慎かもしれないですが、この一瞬で、
今の自分にとって本当に心から大事な人、というのが再認識されたように感じます。
生きていて、よかった。
今朝、ようやく連絡がとれた親友Mちゃんと、そう話しました。
ほっとして、涙が出てきそうだった。
一つ、不思議な出来事がありました。
震災直後、母に全く電話もメールもできず(今もメールの送受信が不安定な状態です。)、
安否が確認できずに途方にくれていたのですが、
試しに会社用の携帯からも実家の電話にかけてみたら、トゥルルル…
あっさり繋がって、母と安否を確認できました。
それで、家族と連絡がとれないと心配する同僚達に、
会社の携帯だと繋がるみたい!と知らせて、早速皆も試したのですが、
何故か一切繋がらないのです。
たまたまだったのかな?、と思って、再度私の会社の携帯で実家にかけてみたら、
あっさり繋がるんですよね。。。
だけど、自分の携帯からだと全く繋がらず。
不思議。
何故か、私の会社の携帯と実家の間での通話しかできないんです。
今日は、12日。
父の月命日だ、そう思い出して、父が守ってくれていたのかな~と、
なんとなく思った出来事でした。
お父さん、ありがとう。
ますます拡大する大津波の被害に、大変に心を痛めています。
実家・函館でも津波の被害があったようです。
津波は、揺れている間に海が一斉に沖に引いていき、海底がむき出しになります。
そして、揺れが止まった後、瞬く間に大きな波になって戻ってきます。
沖を見ると、海が降り積もったような光景に見えるのです。
戻ってくる時の速さは、ものすごいです。
揺れが止まったからと、安心して外に出て、様子を見に行ったりするのが危険なのです。
海の近辺に住んでいる場合は、直ちに高台へ避難しなければなりません。
本当に数分もないほど直ぐに大波が戻ってくるのです。
この時、海底がむき出しになった珍しい様子を見ようと、興味本位で近づいたりしないでください。
津波のメカニズムを恐ろしさを知らなさ過ぎるんです。
犠牲になられた多くの方々の、
心からのご冥福をお祈りすると共に、
1人でも多くの命の救出を願わずにいられません。