無事。。 | コリアna自遊空間

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1999年世紀末〜一筋にSECHSKIESと고지용(コジヨン)だけのファンです♡

今朝、ようやく自分のお家に戻ることができました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


今回は皆それぞれが、数時間かけての帰宅という状態で、

それでも生きて無事に帰ることができたことだけでも、不幸中の幸いだといえます。


お家の中は、細かいものが散乱している程度で、破損したりとかはなかったので安心しました。


帰りの電車の中は早朝にも関らず大勢の人で、そんな人々の表情はいずれも憔悴しきって、

突然の災害によるショックは想像以上だと思いました。


私も、今回は


「もう、ダメかもしれない…」


これが関東直下型地震かと、大きく揺れている間中、本当にそんなことを考えていました。

ビルの高層階にいたので、公表されてる震度よりもさらに上回る揺れだったのだと思います。

最初は横に揺れ、次には下から突きあがるような縦揺れ。。

ヘタに動くこともできず、どこにも非難ができず、どこにも逃げ場がなく、

何をどうすることもできませんでした。


「このままビルが崩壊するかもしれない。」


それほどの揺れでした。

(が、震災直後に佐○急便の兄ちゃんが、普通に配達に訪れました…)


こういう時の人間って、諦めに近いような、次第に観念してしまうというか、

自然の力には逆らえないのだと、普段とは違う意識状態になるようです。

ある意味、冷静です。


そんな時、走馬灯のように色んなことが頭の中をかけめぐって、

一瞬で本当に大事だと思う人々のことが思い出されました。


何か、メッセージを残さないと、とか。

大事な人に、最期にできることを考えていました。


不謹慎かもしれないですが、この一瞬で、

今の自分にとって本当に心から大事な人、というのが再認識されたように感じます。


生きていて、よかった。


今朝、ようやく連絡がとれた親友Mちゃんと、そう話しました。

ほっとして、涙が出てきそうだった。


一つ、不思議な出来事がありました。


震災直後、母に全く電話もメールもできず(今もメールの送受信が不安定な状態です。)、

安否が確認できずに途方にくれていたのですが、

試しに会社用の携帯からも実家の電話にかけてみたら、トゥルルル…

あっさり繋がって、母と安否を確認できました。


それで、家族と連絡がとれないと心配する同僚達に、

会社の携帯だと繋がるみたい!と知らせて、早速皆も試したのですが、

何故か一切繋がらないのです。


たまたまだったのかな?、と思って、再度私の会社の携帯で実家にかけてみたら、

あっさり繋がるんですよね。。。

だけど、自分の携帯からだと全く繋がらず。


不思議。

何故か、私の会社の携帯と実家の間での通話しかできないんです。


今日は、12日。

父の月命日だ、そう思い出して、父が守ってくれていたのかな~と、

なんとなく思った出来事でした。


お父さん、ありがとう。



ますます拡大する大津波の被害に、大変に心を痛めています。

実家・函館でも津波の被害があったようです。


津波は、揺れている間に海が一斉に沖に引いていき、海底がむき出しになります。

そして、揺れが止まった後、瞬く間に大きな波になって戻ってきます。

沖を見ると、海が降り積もったような光景に見えるのです。

戻ってくる時の速さは、ものすごいです。


揺れが止まったからと、安心して外に出て、様子を見に行ったりするのが危険なのです。

海の近辺に住んでいる場合は、直ちに高台へ避難しなければなりません。

本当に数分もないほど直ぐに大波が戻ってくるのです。

この時、海底がむき出しになった珍しい様子を見ようと、興味本位で近づいたりしないでください。


津波のメカニズムを恐ろしさを知らなさ過ぎるんです。


犠牲になられた多くの方々の、

心からのご冥福をお祈りすると共に、

1人でも多くの命の救出を願わずにいられません。