私は、がんばって生きている人が、とーっても大好きなんです![]()
尊敬しちゃうこともあるし、そういう人を無条件に応援したくなります。
実際に、がんばっているな~と思う人を応援しています。
本当に心からがんばっている人は、
とても活き活きとしているし、輝いてさえ見えるときもあります![]()
何をがんばっているかも、人それぞれです。
夢に向かってがんばっている人。
仕事でがんばっている人。
家事でがんばっている人。
恋愛でがんばっている人。
人間関係でがんばっている人。
何らかの使命を持ってがんばっている人。
ただただ、幸せになるために、生きるために、がんばっている人。
でも、この「がんばる」という言葉は、
時に人を辛くさせもするし、苦しくさせることもあります。
とくに、心がしんどくなりすぎて、どうにも受け付けられないときがそうです。
そういうときは、
十分がんばってきたのだから、少しの間お休みしましょう
で、いいと思います。
また、無理してがんばる必要がないときもあります。
そういうときは、
がんばっている本人が一番しんどいし、
はたから見ている人までが、心配になって辛くなるときがあります。
幸せになりたくて、
何かの価値観を見出したくて、
生きている充実感を得たくて、
がんばってもがんばっても満たされない、
心の空洞を埋めたくてがんばり続ける・・・
長い人生、そんなこともあるかもしれません。
その理由は様々、すべてはその人の心の中にあります。
ずーっとずーっと奥に潜んでいる潜在意識中、
もしや中枢にあるかもしれませんし、
さらにずーーーっと遡った過去にあるのかもしれません。
どれひとつとて、同じ理由はないのです。
その人だけの「がんばる」理由があるから、
そこは、誰も言及することはできません。
その人だけのシークレットゾーンに立ち入ってはいけないのです。
がんばりたい
その真意の中に、
見出したい何かがあるはずなのです。
それは
究極の学びかもしれないし、
宝物かもしれません。
がんばったあかつきに、
人生の祝福が待っているのかもしれません![]()
それぞれの人に添った
がんばる
テーマが潜んでいるのかもしれないのです。
ところで、知ってますか~?
この「がんばる」という言葉。
日本語の表現と音でしか解釈されてないようですが、
例えば、韓国語では
열심히 하세요(ヨルシミ ハセヨ)
=熱心にしてください
直訳すると、こういう意味ですが、
韓国語では主に「がんばってください」というニュアンスで用います。
ただ、スポーツ等を応援するような、相手を激励するような、
がんばれ!というニュアンスだと、
힘 내세요!(ヒムネセヨ)
=力をだしてください!
でしょうか。
その場面によって使い分けがあるのですが、
個人的には、열심히 하세요(ヨルシミ ハセヨ)のニュアンスの方が好きです。
また、自分で言う「がんばります」だと、
열심히할게요(ヨルシミ ハッケヨ~)とか、열심히하겠습니다(ヨルシミ ハゲッスムニダ)など、
色々表現方法があります。
すなわち、「がんばる」っていうのは、
熱心に取り組むこと、
だから
心を熱くする
そういう意味なのだと、
韓国語を学んで知るようになりました。
心を熱くする、
という意味なら、なんとなく受け取り方もかわってきませんか?
全然雰囲気違うでしょう?![]()
すなわち、がんばっている人は
心が熱い真っ只中なのだから、
がんばっていることを
古くさい だとか、
やめたほうが生きるのが楽 だとか、
がんばらなければならない理由を見つめて浄化するのがいい だとか、
無意味なスピリチュアル思想で、
わざわざ熱い心を冷まさせるような必要はない、
私はそう思うのです。
自分温暖化で
とことん燃焼して
心を熱く滾らせながら
がんばる
自分のテーマにとことん向き合うのがいい。
そして、もし
もう十分だな~ とか、
もう飽きた~ とか思ったら、
そこで卒業![]()
大好きな沖縄の啓子先生は、
自分温暖化は、
地球に貢献してるのだと、
過去に直接おっしゃっていました。
私もそう思います。
あなたの心の熱さは、
世のため人のため自分のためになっている。
むしろ
平温通り越して、
心の冷めた状態の方が、
心の温度を失った状態の方が、
よっぽど
人の心として問題のように感じるのは私だけでしょうか。
がんばる
ということは、
心を熱くさせる
人間として素晴しいエナジー
だと私は思うのです。
だから私は、
がんばっている人が大~好きです![]()