「日本人とユダヤ人」

かつてのベストセラーのタイトルだ。

私はこれを中学生の時に手にしたが、2,3ページで面白そうじゃないと判断し、今日まで全く読んだことがない。

しかし何故か、タイトルと作者を何十年経っても忘れられないでいる。

作者はイザヤ・ペンダサン。

 

何故忘れられないのか、ずっと不思議に思っていた。

そして最近になってイスラエルがやたらと他国を攻撃したがって、それを国民も支持していて、むしろ戦争していないと首相の支持率が上がらない、と報道されるようになって、この本のあらすじくらいは見ておこうと検索し、この作者の名前が造語であり、実際の作者は日本人であることを知った。

合点がいった。

作者は忘れられないような名前を作ったのだ。うまい。

 

っと、長年の不思議が思わぬ形でほぼ解決したのを一つの満足として、あくまで個人的にユダヤ人とイスラエルを考えてみる。

長年迫害され続けた末に、長年夢見てきた国家を手にした。それで満足できないのかな。

できないらしい。

何故だろう。普通に単純に考えれば国家を大きくしたいのだろう、と考えるのが正しい気がするのだが、そんなことは誰も指摘しない。ここも変な感じ。そう、それじゃ全世界から非難され、全世界が認めないからだ。

でも、実際はそういうことだと思う。メディアくらいはちょっと取り上げてもいいんじゃないかと思うけれど、今のメディアは抗議されることを恐れている。なんか、メディアが煮え切らないせいで、薄いベールの中にニュースがある印象。

そもそもハマスがイスラエルを攻撃して人質をとったのも、理由はイスラエル人のガザへの入植に業を煮やしたからだろう。

ここからして領土問題。

イスラエルは多子社会だ。一般でも6,7人。聖職者なら10人くらいになるらしい。

現在の領土ではいずれ確実に狭くなりそうだ。

ユダヤの民だけが救われるとするユダヤ教。教義からしてもユダヤの民はどんどん増やしてどんどん救われなければならないのだ。

では、なぜイラン? イスラエルがどこかを攻撃しようとすると、横から攻撃し返してくると思われる急先鋒だからだろうと思う。

 

では、なぜ国民は戦争を支持してるのか?

全くわからない。おそらく教育だろう。

イランが存在する限りおちおち寝てもいられない、と国民が考えている、としたメディアがあったが、弱すぎる。

何十年も前に終わった迫害や攻撃を今も恐れているなんてことがあるだろうか。その種火を消さないようにするのは教育しかない。そしてそれは宗教という名を持つのかもしれない。

そして、それこそがとても怖いことだ。

 

世界がイスラエルを注視しなければいけない、と思う。

でも何もしない。

長年の迫害を理由に他国への攻撃を正当化してはならない、と公然と言ったのはお隣の国、韓国の大統領だけである。

イスラエルが腫物であってはならない。