妻という性別はない。「女」だ。
妻は「お母さん」と言う名前でもない。親にもらった、「幸せになるように」と祈りのこもった名前がある。
妻は家政婦ではない。妻は便利グッズでもない。使い捨てのように扱うな。
釣った魚には餌をやらないと死んでしまう。
「ウサギは寂しいと死んでしまう」と昔ドラマで言っていた。
妻にも「愛」という餌を与えなさい。情でなく「心から」の。
「家族」というひとくくりで片付けず、個として見なさい。
隣にいる「ひとり」も幸せにできない人に家族を語る資格はない。
家庭を顧みず働き、又は単身赴任でも、今、子供と繋がっていられるのは子供達の母親である「妻」が「要」になってくれていたからではないのか?
誤解してはいけない。妻は「要」なのではなく、かなめの役割をも引き受けてくれている「妻」なのである。
夫が働いてお給料をもらうだけで自動的に子供が成長するわけではない。
働いている妻は両立には体力がいる。職場では社会人のひとりの人間として、帰宅後は家事に奮闘する。夫は社会で頑張っている。それは認める。しかし、結婚前に母がしてくれてた事を妻がしてくれているから、「腹減った」とかゴロゴロすることができているのではないか?
共働きでも、家事を手伝っている夫でも、心のどこかで「本来は妻がするのがあたりまえ。俺は手伝ってやっているのだから」と思っていないか?
仕事が遅くなって家事がおろそかになると少しの罪悪感を抱いてしまう妻の気持ちをわかっているか?夫も同じ立場じゃないのか?
専業主婦はお給料も出なければ、スイッチの切り替えもできない。相当な体力と精神力がいる。「稼ぎもないくせに」と言われ、負い目を感じることすらある。家事や子育てに時給をくれないのはだれだ?たまには労働基準法が適用されてもいいのではないか?
妻が昼寝をしていたなら、それは疲れ果てて行き倒れていると思え。
時々「食わしてやってるのに」と罵られることもある。あなたが口にしているその食事は、隣にいる、「おい」と呼ばれ、時には産んでもない大人の男から「お母さん」とも呼ばれる妻が、栄養バランスや、最近の体調を気遣い、「美味しいね」と食べてくれるその笑顔を想像しながら、そのままではとても口には出来ない食材を、「美味しくなぁれ」と調理してくれた賜物である。食わせて貰っているのはどっちだ?
妻は勘がいい。夫はだいたいパターン化されているから、しょうもない嘘などすぐ気付く。妻の前で正々堂々と電話に出れない相手を取引先の会社や男の名前で登録していても、お見通しだ。
出張と、出張に便乗して悪巧みを考えてる時の違いなんて、妻は一目でわかる。
ワクワクしてるわかりやすいバカっぷりは情けない。
妻の心は代謝が悪い。夫の一瞬の火遊びや心無い一言に傷つきやすく、治るのに何十年もかかる。治らない場合もある。
しかも妻は記憶力がいい。何十年も根に持たれ、言われ続けても自分が蒔いた種。諦めて謝り続けて奉仕活動に勤しめ。
他人から「〇〇さん(夫)の奥さん」「☆☆ちゃん(子供の名前)のママ」と、夫や子供の付属品のように呼ばれる。時には「私にも名前はある」と叫びたくなる事もあるのだ。
思いは相手が受け取ったようにしか伝わらない。「言わなくてもわかれよ!」と言う言葉でごまかすな!
言葉で、態度で、伝わるまで努力を怠るな!
歳を重ねていくと妻は更年期や見た目の変化と戦いながら、仕事や家事もこなす。若い娘や美人にうつつを抜かす暇があったら、妻の戦いがどれだけ大変なことか、夫も妻の体調の事を勉強して、気遣え。
妻は両親に愛情とお金と手間暇かけて育てられた宝物。それをいただいたのなら、責任をもって、覚悟を持って、気合をいれて、丁寧に大事に扱え。
いつかは子供も巣立って二人になる。
その時に毒を盛られるか、新婚時代に戻れるかは今次第。