朝鮮人のヘイトスピーチ ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

※朝鮮通信使一向が町人のニワトリを盗んで逃げようとして、日本人と喧嘩になっている絵図。

 佐々木千夏区議会議員は、大変運が良い人間です。木曜日は風邪をひいて、議会に欠席届を出したところ、電話があって「実は今日、市民の会が押し寄せてくるらしい。佐々木さんはどうですかね?」と聞かれて、「今日は熱があって、無理らしい」というと、「運がいい方ですね」と言われたのです。

 議会で佐々木区議会議員をつるし上げるつもりだったらしいのです。30人くらいの人数で押しかけてきたらしいのです。つるし上げる理由は「佐々木千夏区議会議員の発言はヘイトスピーチだ!」というのです。ちょっと待って下さい。

 朝鮮通信使は何百年も前の話しです。その昔の人間に対して言った言葉が、「ヘイトスピーチだ」ということがあり得るのでしょうか? 個人名を特定したわけでもありません。一般的な話しをしているのです。

 一般的な話で言うと、朝鮮通信使はまぬかれてきた話ではありません。朝鮮から日本に押しかけて来たのです。朝鮮聘礼使(へいれいし)」が日本の正式名称です。朝鮮通信使と言うと、いかにも「遅れた野蛮国である日本に、朝鮮の高い文化を教える」ということになります。

 ところが日本の側から言うと意味が違うのです。朝鮮通信使は、日本の正式名称では、「朝鮮聘礼使(へいれいし)」というのです。ということは、「遅れた国が、日本に朝貢しにきた」ということです。日本から見ると朝鮮通信使は朝貢しに来たのです。

 朝鮮から見ると、遅れた文化の日本人に文化を教えに来たというのです。これは全くのウソなのです。朝鮮通信使は日本にまぬかれてきたのではありません。「将軍様が御変りするのだから是非、朝貢したい」ということで、お土産を持ってご機嫌伺いに参上したのです。それを日本が受け入れたのです。

 なぜ、日本側が受け入れたのかというと、徳川将軍は威厳があるのです。李氏朝鮮から 300名から600名の隊を整えてきて、「将軍様にお目通りをしたい。お祝いの言葉を述べたい」と言ってきたのです。そのために来たのです。そのような食い違いがあるのです。

 朝鮮通信使にはまともな人間はいなかったのです。泥棒や犯罪者や人殺しが多かったのです。それを「犯罪者集団」と佐々木千夏区議会議員が言ったら、「ヘイトスピーチだ!」というのです。それは、おかしいのではないでしょうか?

 ヘイトスピーチの意味を徹底的に議論しなければいけません。朝鮮人は、言葉でごまかすのです。この朝鮮通信使の問題に入る前に、「植民地」という言葉があります。絶対にここを通らせてはいけないのです。

 相当な識者でも、「日本は韓国を植民地にしたのだ」と平気で言うのです。皆、「植民地」という言葉を平気で使っているけれども、植民地では断じてありません。日韓併合です。しかも、朝鮮人からお願いされたのです。

 「ぜひわが朝鮮人を日本国の一員にしてください。朝鮮は遅れてしまいました。シナに行ってもロシアに行っても勝てないでしょう。日の昇るような勢いの大日本帝国に我々も入りたい。ぜひ入れてください」と言ってきたのです。それで、朝鮮を日本に入れたのです。

 日本は反対だったのです。こんな貧乏国を日本にしたら大変なお金がかかります。伊藤博文は大反対だったのです。ところが、議会で押し切られて日韓併合したのです。日本と朝鮮は対等合弁だったのです。

 すると朝鮮人はこのようなこと言うのです。「朝鮮の皇帝のサインがない」というのです。僕は歴史家ではないので知りませんが、皇帝のサインがないらしいのです。だから、「日韓併合は無効だ」というのです。

 ちょっと待って下さい。皇帝陛下のサインがない? では、李 垠殿下はどうして日本の皇族になれたのでしょうか? 朝鮮の李王家は、日本の皇族になったのです。臣下になったのではありません。日本の皇族になったのです。

 李王家は、日本の皇族になったことを認めたのです。サインのない人が、どうして日本の皇族になれたのでしょうか? そんな理屈は通りません。皇帝のサインがあろうが、なかろうが議会で議決をしたのが、日韓併合です。

 あらゆる朝鮮問題は、必ずそこへ帰るのです。今の徴用工の問題にしてもそうです。徴用工問題が出てくると、歴史問題にふれなければいけません。なぜそのような問題が起きたのでしょうか?

 「それは、日本が朝鮮を植民地にしたからだ」というのです。必ずここへ帰ってくるのです。従軍慰安婦問題もあります。日本が「従軍慰安婦などいなかったのだ」と言うと、「いや、従軍慰安婦はあったのだ。その根は日本が韓国を植民地にしたからだ!」と言うのです。そうなのです。朝鮮問題は、すべて植民地に帰るのです。

 それも日本人は刷り込まれてしまい、朝鮮人に「植民地にしただろう!」と言われているうちに「そうだ、日本が韓国を植民地にしたからそうなったのだ。だから韓国に謝罪をしなければいけない」と思いこんでしまったのです。それで鳩山元首相は韓国に行って土下座して謝罪したのです。朝鮮人の洗脳が効いてしまったのです。馬鹿ではないでしょうか?

 朝鮮を合弁したおかげで日本は国家予算の15%を毎年韓国に貢いたのです。朝鮮から取ったものなど何もありません。それがいつ植民地にしたのでしょうか?

 喧嘩は入り口で叩かなければいけません。朝鮮人に「日本は韓国を植民地にしただろう」と言われて、「はい、そうです。韓国を植民地にしました」と言ってしまったから、次々と問題が出てきて、「植民地」に戻ってしまうのです。

 これは気をつけなければいけません。朝鮮人が「植民地にしただろう!」と言ってきたら、「ちょっと待って下さい。植民地? いつ植民地にしたのですか?」と言わなければいけません。こちらから帰るのです。「植民地とはどのようなものですか? 植民地の定義を言ってみてください」と言わなければいけません。

 入り口論で押し返して、植民地から先に進ませないことです。喧嘩はみんなそうです。入り口で叩くのです。安易に入り口を入れてしまうから、叩けなくなってしまうのです。(②に続く)

 

■朝鮮聘礼使(へいれいし)

朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)とは、室町時代から江戸時代にかけて李氏朝鮮から日本へ派遣された外交使節団である。正式名称を朝鮮聘礼使(へいれいし)と言う。

また江戸幕府は朝鮮通信使の来日については琉球使節と同様に「貢物を献上する」という意味を含む「来聘」という表現をもっぱら用いており、使節についても「朝鮮来聘使」・「来聘使」・「朝鮮聘礼使」・「聘礼使」と称し、一般にもそのように呼ばれていた。

 

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