朝鮮人にあって日本人にないもの(比較文化論) ② | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

※李氏朝鮮時代の首枷(くびかせ)

 

 「朝鮮にあって日本にないもの」は、まだまだ沢山あります。韓国にあって日本にないものは近親相姦です。朝鮮には近親相姦がありますが、日本にはありません。それから“試し腹”です。親父が娘と関係を持ち娘にはらませるのです。生まれた子供は奴隷として売りとばすのです。それから、母親と息子がやりまくるなどという文化も日本にはありません。

 片輪者を馬鹿にする病身舞が韓国にあります。こんなものは日本にはありません。日本は、弱い者を労わる文化です。

 韓国は犬食い文化です。何故、犬を食うのでしょうか? 「ソウルには野良犬は一匹もいない」と言われています。ノラ犬を見つけたらすぐに食ってしまうのです。何故、犬を食うのでしょうか? 犬は可愛い生き物です。「人間になついて可愛い」と朝鮮人は思わないのです。犬食いは朝鮮にあって日本にはない文化です。

 それから、小便を飲む文化です。これは一時、日本でもインチキ医者が小便を飲ませていましたが、それは韓国に行っていた連中です。韓国では小便を飲んで病気を治します。「何も薬がないから俺たちも小便を飲んでみよう」とつくったのが尿療法です。糞酒、これも日本にはありません。韓国にあって日本にないものです。

 それから拷問です。朝鮮人の拷問は凄いのです。木でできた首枷の写真が出ています。木の板を丸くくりぬいて、首を入れるのです。あれも拷問です。そして両班が白丁を鞭でブッ叩くのです。これも拷問です。拷問は日本にはありません。罪人を白状させるために少しは拷問があったでしょうが、限度があります。朝鮮人は日常的に拷問をやっていたのです。

 それから朝鮮人には字がありません。字が無いから字を教えてあげたのです。ハングル文字は、ローマ字と同じです。発音記号です。あんなものは、誰でもすぐに覚えてしまいます。記号を組み合わせれば言葉ができてしまいますが、意味はありません。だから、ABCDと同じです。

 我々がローマ字を習って「KA・KI・KU・KE・KO」と書くのと同じです。ローマ字と同じでハングル文字は意味がわからなくても、習えばすぐに書けてしまうのです。ハングル文字も韓国にあって日本にはないものです。

 まだ沢山あります。朝鮮の着物は全て白色です。江戸時代は朝鮮人のことを「白衣の神人」と言っていたのです。とんでもありません。朝鮮人は染料がなかったから白色の着物を着ていただけです。

 上から下まで白色です。染料が買えなかったのです。驚くべきことです。焼き肉? そんなものはありません。焼き肉、石焼きビビンバは日本人がつくったのです。朝鮮には何もなかったのです。

 日本が朝鮮にやってあげたことは、衛生概念を与えて字を教えて、教育をしてあげて、道路を造ってあげて、橋をかけてあげたのです。朝鮮には橋もなかったのです。橋があると敵が攻めてくるから橋もなかったのです。

 李氏朝鮮時代は、「橋などいらない。川はみんな泳いで渡れ」という考えです。橋を日本がつくり、工場をつくり、チッソ工場をつくり、東洋一のダムをつくってあげたのです。銀行もつくってあげて、朝鮮総督府、大学、小学校、専門学校もつくってあげたのです。朝鮮人が恨む理由は一つもありません。

 「教育してあげたら朝鮮人は良くなるのではないか」と考えて、福沢諭吉も朝鮮人に援助をしてあげたのですが、ダメだったのです。朝鮮人は教育してあげても物にならない文化をもっているのです。テレビに出て来る朝鮮人のインテリを見て御覧なさい。

 教育を受けていながら、わけのわからないことを言う奴は馬鹿なのです。教育を受けるとは、物事の道理がわかることなのです。「これは韓国が間違っている。これは日本が正しい。約束は守らなければいけない」などがわかるということは、教育を受けた人間には当たり前のことです。

 それを朝鮮人にいくら教えてもダメなのです。「何故か?」、それは言葉がないからです。これは僕の自慢の発見です。朝鮮人には言葉がなかったのです。だから「約束する」「憲法」「契約する」などということはわからないのです。朝鮮人には、そんな言葉はなかったのです。朝鮮人には原始言語しかなかったのです。だから文化は生まれないのです。

 「朝鮮人はセンスがない」ということがあります。朝鮮人はセンスが悪いのです。足にゲートルを巻いて、先のとんがった靴を履き、山高帽をかぶります。髪の毛は頭の上で丁髷を結い、白い着物は締まりがなく不格好です。本当にセンスがありません。朝鮮人は李氏朝鮮時代に白い着物しかなかったので、未だに色彩感覚がないのです。

江戸時代は呉服屋に行くと、番頭さんが出てきて「どれになさいますか」と千種類の柄の見本をもってくるのです。大島紬や、小紋の柄を見せられるのです。それを見て着物の生地を選んで「これで着物をつくりたい」と言うのです。それが反物で出来上がってくるのです。その反物を買い、仕立ててもらうのです。江戸時代の着物の色彩は豊です。

 鬼平犯科帳のカッコよさを見て御覧なさい。まさに絵のようです。斬九郎も絵のように美しいのです。庶民だって美しいのです。朝鮮と全然文化が違います。皆さん、「朝鮮にあって日本にないもの」をよく研究していきましょう。このような研究を比較文化人類学というのです。

 

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