本にはどんな力があるのだろうか。私は、本には人をつくる力があると思う。
今回は、私が今までで一番感銘を受けた『圕の大魔術師』という大切な本の言葉を通して考えていきたい。
①あらすじ
知っている人の少ない作品だと思うので、軽くあらすじを説明する。
田舎の貧民街で暮らす主人公 シオ・フミスは、特殊な容姿や貧しさからイジメられたり差別を受けていた。ある日、世界の本を管理する中央圕から司書達が村に訪れる。その内の一人、セドナ・ブルゥと出会ったことをきっかけにシオは司書を志し、今までの自分とは違った考え方を持った生き方を選ぶ。
2026年現在、10巻まで発売されている今作は1巻ではシオの幼少期を、2巻以降では見習い司書として様々な経験を重ね成長していく姿を描く。そしてシオは少しずつ陰謀に巻き込まれいく。
②心に残った言葉
それぞれの巻に心に残る言葉は多く出てくるのだが、今回は第一巻の中から紹介したい。
「例えば気高い人は初めから気高い人として生まれてくるわけじゃない。気高く振る舞うから気高い人になるのだと」
これは、熱を出して倒れたシオの姉をセドナが助けた際、シオが、返せるものがないためこれ以上の施しを受けることはできないという趣旨の内容を伝えた場面での言葉だ。セドナは、施しに対するある哲学者の著書から引用して話していく。人の性質とは”振る舞い”から始まり、貧しい者も自ら施しを受ける格好を続けることで姿だけでなく性格や運命までも物乞いとして定着してしまうのだという説である。しかし、シオが気高く振る舞おうとしているのは伝わると。
私がこの言葉を聞いて最初に思ったことは「なるほど」だった。 世界には色々な人がいるけれど、最初から割り当てられた役割などを持って生まれてきているわけではないのではないだろうか。では、何からその人らしさが生まれるのか。その後に続く言葉を借りたい。
「振る舞いとは思考から始まる
思考は次に言葉に変わり
言葉は行動に
行動は習慣に
習慣は性格に
性格はやがて運命に変わる」
人は初めから「その人らしさ」をもって生まれてくるのではない。「こうありたい」と思った自分の日々の積み重ねが自分自身をつくる。つまり、自分の中の「こうありたい」は自分で実現することができるのだと受け取った。
③本が持つ力
私は、「思考」の段階に経験や人との出会いだけでなく、本との出会いも大きく影響を与えていると考える。実際に私はこの本に出会って、「こうありたい」ように振る舞いたいと考えるようになったし、様々な民族についての知識を持てるようになりたいと思った。
本は知識を与えてくれるだけでなく、読むことを通して自分で感じたり考えたりしたことが自分を形づくる一つの要素になるのだと思う。
「書を護ること
それ即ち
世界を護ること也」
なのだ。