②ハーモスの横展開にみるSAASホライズンタル競争の激化

 

 さて1つめの話はイメージしやすいように、タレントマネジメントと労務の領域が融合していっていることを取り上げた。次にハーモスの領域拡大を見ることで、SAAS業界の競争激化の状況を見てみたい。

 

 ビジョナルが100%株式を保有するビズリーチは、言わずと知れた転職サイトを運用している会社である。彼らが保有する採用管理システムのサービスブランドはハーモスであるが、このハーモスブランドが立て続けにプロダクトをリリースしている。ハーモス勤怠、ハーモス経費をリリースし、直近ではハーモスタレントマネジメントをリリース。また、ハーモス人事給与を年内リリースすることを公表している。これで、勤怠、労務、給与をフルスペックで揃え、経費とタレントマネジメントをリリースしていることから、ホライズンタルSAASと言える状態になってきている。

 

 最も時間のかかると思われる勤怠を早々にリリースし、労務給与よりも先に経費をリリースしたうえで、タレントマネジメントをリリース。次に労務給与という順番は筋が良いようには思えないが、これは全方位的に開発を続けており、準備が整ったものからリリースしているというふうに見て取れる。ビズリーチの資金力がものを言っているように考えられる。2023年7月期のビジョナルの売上高は562億円、営業利益132億円、経常利益143億円、当期利益99億円。明らかに利益を出せるフェーズに入っている。

 

 対してマネーフォワードは23年11月期の売上は連結で303億円、営業利益マイナス63億円、経常利益マイナス67億円、当期利益マイナス63億円と対象的である。ビジョナルが2019年から当期利益を出しているのに対して、マネーフォワードは2019年からも変わらず当期利益はマイナスのままである。ビジョナルが投資の原資を事業の利益から捻出できるのに対して、マネーフォワードは資金調達したキャッシュを食いつぶしながらアクセルを踏み続けているのが見て取れる。SAASとしては、それも悪いことではなく、利益が出る体制が構築できるまで利益を出すことは必須ではない面もある。しかし、それは将来利益が出るような確たるサービスを作っているということを投資家や顧客にアピールする必要がある。マネーフォワードは、その投資家や顧客の目に耐えうるだろうか。

 

公開されている財務諸表を見ると前述のように連結売上が303億円であるが、単体の売上が214億円であり、子会社の売上の比率が多いことが分かる。スマートキャンプ社の比率が連結の1割を超えるということから財務諸表に34億円と明記されている。ここからも分かるように、マネーフォワードという会社は多様性があると同時に、投資会社としての色合いが強いことが分かる。ソフトバンクグループに似ているようにも思える。自社が圧倒的な開発力で市場にないものを作る気質というより、既に世の中にあるものを、資金調達力を使って類似品を投入する。そして、常に新しいビジネスの種を見つけると投資をしていくスタイルである。財務諸表からは、そのようなことが読み取れる。

 

 連結売上に占める単体売上の比率は71.2%。連結売上に占めるビジネス分野の比率は61.7%。この双方の指数を使って、単体のビジネス領域を試算すると、どちらの指標からも133億円という数字が導き出せる。すなわち、303億円という連結売上を誇っているが、単体のビジネス領域のSAASの売上は133億円規模だと公開データから試算できる。

 

この数字は、他のSAASの売上と比較しても現実的な数字であり、これがマネーフォワード単体のビジネス領域のSAASの実力値なのである。多様なサービスを保持しており、全体として売上規模は成長しているが、公開している財務諸表において、単体のビジネス領域の数字を明示していないことからも、ここが弱みであるという認識があるのではないか。業界を問わず、どの分野で売り上げが、どれだけ上がっているかの公開が少ないことがあるが、私は、上場企業は、分野別の売上データは公開してしかるべきであると思っている。

 

さて、通常の勤怠システムの定価が300円程度だったところを、ハーモス勤怠は100円と公開している。小規模顧客の市場では、明らかに価格破壊が進んでいくだろう。ハーモスの勤怠が100円という定価をつけた時点で、それと同じレベルの勤怠システムしか提供できていない企業は、自分たちの販売定価を、ゆくゆくは3分の1まで下げることを求められる。このハーモス勤怠は、もともとイエヤスというサービスを組み入れたものであるため純粋な自社開発ではない。勤怠を一から開発するのは現状、得策ではないと私も考える。今までと、まったく違った理(ことわり)の仕組みを作れるのであれば話は別であるが、今までの他社と同じコンセプトで似たようなものを作るのであれば、当然開発時間がかかるため、時間を買うという買収戦略が有効ということだ。これはフリーがKOTのOEMをしていることからもうかがえる。

 

 楽々精算を開発・販売しているラクスが楽々勤怠をリリースし、定価は3万円~と公開している。100人で3万円と仮定すると、ひとりあたり300円となり今までの価格帯を差異がない。ラクスの23年3月期の売上は約274億円、営業利益16億円、純利益12億円とビジョナルほどではないが利益を出すフェーズに入っている。多くのメガベンチャーが利益を出すフェーズに入っている中で、マネーフォワードはいつまで赤字を出し続けられるだろうか。

 

 資金力を元手に領域を広げ、マーケティングや営業費用をつぎ込んできたが、競合環境が一層厳しくなるにつれ、システムの実力と価格のバランスを厳しく問われる状態になり、厳しいリアリティチェックを受けることになる可能性がある。ただ、救いがあるのは、価格とサービスを単純に比較すれば、サービス以上の単価で使っていることを顧客は気づいた場合でも、システムの切り替えには、手間も時間もかかるために、簡単には切り替え検討の機会が訪れない。SAASの市場シェアが簡単には変わらない理由であると思われる。解約率はおおむねのSAASで低いが、これは顧客満足度のあらわれであるとは言えないのが現実である私はみている。

 

 勤怠の値崩れが起こると、業界全体で利益率が下がって来る。そして、勤怠からは他のシステムを開発するための原資をねん出することは難しくなる。だからこそ、スマートHRのように高単価でも顧客に受け入れられるサービスを持っていることが、中長期的なSAAS業界全体の雌雄を決すると思われる。