2019年、妻が癌で他界。

残された自閉症息子と父

その日常生活や思いなどを

綴ります。

 

息子:特別支援学校の中3

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息子)

自閉症スペクトラム

療育手帳A判定

現在、特別支援学校 中学3年

発語はなく、

言葉のコミュニケーションは難

だが、言われていることは、

ほぼ理解できてます。

 

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こんにちは。

 

妻の闘病日記が、とうとう書き終わりました。

 

で、

 

イロイロと思ったのは、この連載もグリーフケアなんだろうな~

ということ。

 

そもそも、「グリーフケア」なる言葉を初めて聞いてのは

妻が本の原稿中に書いてたからでした。

 

それは、自分が死んだ後の自閉息子のグリーフケアについて

考えていたところでした。

 

前にも書いたことがありますが、妻を火葬にして数日後、

祭壇を作った時に一晩中、泣いたことがありましたが、

これを期に、息子は妻の死を実感し、受け入れたんだと

思うんです。

 

そして、母親がいない代わりに私に甘えたり、

先生や福祉事業所スタッフに構ってもらったりで

彼なりに乗り越えたんだと思います。

 

それに対し、私のグリーフケアは・・・?

 

すでに最初に癌の告知された時点から始まってたのかも・・

 

でも、その後小康状態が続き、1人で福島まで湯治に

行ったりできるようになったりで、奇跡を望んだりも

しました。でも、やはり心の霧のようなものは

常にありました。

 

そして、妻が生きてるうちから葬儀のことを

考え出したのも、私のグリーフケアなのかも・・・

 

ぶっちゃけ、故人を送り出す葬儀というのは

残された家族がどれだけ、故人が喜んでくれるか?を

考えて行う、言い換えれば自己満足的な側面が

大きいと思うんです。

 

でも、それでいいんだと思うんです。

残された家族が、「故人が喜んでくれてる」と

思えることも、グリーフケアの一部なんでしょうから。。

 

そういう意味では、本の出版も葬儀も、

このブログを書くことも、全てが

私におとっての

 

グリーフケア

 

なんだと思います。

 

 

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息子の問題行動に対してどう対応したら、どうなったか?が本になってます。

 

 

 

 

妻が癌になり私たち家族に起きた、あれこれを書きました。

 

 

 

 

 

 その結果、テレビ取材を受けました。