2018年12月、妻に癌が見つかり

長く短い闘病生活が始まりました。

癌発覚と同時に妻は毎日、日記を

書いてました。

闘病中の妻の思いをノートの記述を

通して紹介したいと思います。

(基本、原文のままです。一部、省略した部分もあります)

ちなみに、私がこのノートを読んだのは、妻が旅立った日の夜。一晩中、寝ないで妻の隣で読みふけりました・・・

 

本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本

 

本日は日曜日ということで検査はなにもなし。

面会に昼頃から夫君と横浜の母、その後、細井先生と息子君。

お母さんとも細井先生とも、よく会話したけど数日前より疲労はない。

黄疸の数値も膵炎の方も数値が低下してきたからかな?

月曜から絶食なのに、よくこんなに喋れるな~やっぱ女子なのかな?

 

面会があることは嬉しい。面会のない孤独な人いるもんナ~。

 

AM中、街〇先生も訪室してくれた。今日は結構ぶっちゃけトークをしてみた。

GFでは胃には特に所見がないらしい。

肝癌は確定でないけど・・・その可能性は高いかな?

でも通常パターンの肝癌ではない気もしていて胆管から・・・?

γーGTPが5月30日頃70位の高値だったことを伝える。でっ再検査を受けないと

と思っているうちに6か月経過したことを伝える。

一概にγーGTPが高値だからと言って肝癌とは決めつけられないとの先生の答え。

 

あと、息子さんのこと心配ですか?と身体的なことばかりでなく、こちらの

色々な背景も気にかけてくれた。

「そうですねぇ~高齢出産であの子を産んで、彼の将来を10年位のスパンで

考えないといけないと思っていたものが・・・だいぶん時間が短くなって

しまって」と話すと、Dr から「その辺も、また一緒に考えていきましょう」

と言ってくれた。この Dr 結構、患者のメンタル気にしてくれる人だなぁ。

ありがたい。癒し系。ホント病院に入院すると勉強になる。

色々なタイプのスタッフがいて。基本、やることは専門職なんだけど、

結局、キャラがでる。人っておもしろい。私、大丈夫だったかな~?

ナースとして、ここ数年はいかんところ一杯あっただろうナ~?

 

細井先生は着物で登場! おまんじゅうを持ってきて「絶食中かぁ~」と

やっちまったみたいな顔をしていた。

夫君がうれしそうにまんじゅうを持って帰る。細井先生らしい。

 

なんだろう、細井先生に今の自分の心理状態を素直に言えた。

「母だからなのか?障害児の母だからなのか?ナースだからか?

 それとも私の育った環境がそうさせた? なぜか、感傷的な気分に

 なれない。現実を受け止めてとりあえず前に進む。そうなっちゃうよネ~」

 

細井先生:「そうか~。両方見ている自分がいるのかな?でも悲しい時は

 泣いてね」と

 

まだ、転移とかないから、なんとかなるという思いがどこかであるのかな?

でも、どれだけ生きれるかの保証はどこにもない

 

剛の「ガーベラ」を聞くと光一のこと、NPOで関わった子供たちのこと、

思い出して泣けてくるけど、、なんか今は治療と光一が無事、福祉サービス

など新しい環境に慣れていきますように願うばかり。

 

そして夫君、倒れないように願う!

 

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(解説)

・GF:上部消化管内視鏡検査

 

・5月30日にγーGTPが70:勤めていた病院の健康診断での結果。

 わからないけど、その時に何か対応してたら結果はどうだったろう?

 と、”たられば”なんだけどよく思う。

 

・どれだけ生きられるかの保証はどこにもない:当時はまだ、確定的な診断が

 できてないので、精神的にも不安定だったと思う。

 

・剛の「ガーベラ」:言わずと知れた長渕剛さんの曲。アルバム「Stay Alive」

 収録曲。東日本震災で被災した子供たちへ向けた歌曲。妻は、好んでよく聞いてい  

 た。

 

 

 

 

ちなみに、この頃撮った息子の写真

多分、初めて父子での夕食時。

「美味しい?」と尋ねた私に返した

笑顔だったと思います!

嬉しくて、妻に写メしましたが、

果たしてどんな気持ちになっただろう・・