「大野さん」
「うん」
ドアを開けて、俺が来るのを待ってるかずの手を握る。
少しだけ笑ったかずに、好きだよって言った。
握った手をぎゅっと握り返されて、かずの気持ちが流れてくるみたいに感じた。
布団に入ってしまう前に、用意しておいたかずとハルの絵を額装したものを渡した。
ハルを手のひらに乗せて、柔らかく笑うかず。
何度も見たその光景をスケッチして、かずに内緒で色をつけて額装した。
ハルと遊んでる時のあの柔らかい顔を、かずにも見せたかった。
おまえは、こんなに優しい顔してるんだよって知って欲しかった。
素直になれないかずの、数少ない素直な表情をかずはどんな気持ちで見るんだろう。
手渡すとしばらく黙ったまま絵を見つめてた。
ふわりと口元が弧を描いたから、俺も嬉しくなった。
いつも通り二人で布団に入って、その華奢な身体を抱きしめる。
すぐに聞こえてくる小さな寝息。
少しだけ身体を離して見た顔は、微笑んでるように見えた。
かずを抱きしめながら思い出すのは、出会ってから今までのこと。
初めてかずを見たあの日、かずは綺麗だったけど寂しそうな目をしてた。
ずっと忘れられなくて、何でかなんてわかんないけど、運命だって思った。
絵を描くこと以外はどうでも良かったら俺が、もう一度会いたいって思い続けて、珍しく努力して、やっと会えたかず。
可愛げのカケラもない顔して挨拶した。
シェアハウスの管理人になったかずは、いつもキツイ目をしてて、笑うのは相葉さんの前では
だけ、それも寂しそうな笑顔で俺は余計にかずが気になった。
ちゃんと笑ってる顔が見たい。
その一心でふざけてみたりしたけど、一向に笑ってくれることは無かった。
そんなかずが少しずつ話をしてくれるようになった頃、砂丘で変な奴らに襲われた。
少し強ばった顔で帰ってきたかずには、相葉さんが付き添ってて。
迎えに行けばよかったって、めちゃくちゃ後悔した。
クッションを引き裂いたかず。
羽根の中のかずは綺麗だったけど、なんにも映してない瞳を見てるだけで、苦しくなったんだ。
松にいのところで一緒に過ごして、絵本を作って、俺の絵をじーっと見てたかず。
絵本ができる頃には、可愛く笑うようになってた。
坂をのぼる時に甘えて手を引いてほしがるのも、自転車の後ろに乗って俺の服をぎゅっと握るのも。
好きだって告げた俺の言葉に、俺も好きって答えてくれる時の恥ずかしそうな、照れくさそうな顔も、全部全部好きで、やっぱりコイツだって思ってた。
だから、アイツが俺達の大事な原稿を盗んだ時も、かずは大丈夫だって思ったんだ。
気持ちは通じ合ってるから、かずは俺のこと信じて待っててくれるって思ってたんだ。
まさかあんなに薬飲んで、病院に運ばれるなんて思わなかった。
血の気のないかずのあの顔。
冷たい頬。
色を無くした唇。
ショックだった。
俺のこと嫌んなったのか?
顔も見たくないと思った?
死にたいって思うほど辛かったのか?
そこまで...俺がお前のこと追い詰めたのか....。
病院の待機スペースで待ってる間、俺の頭の中は後悔と罪悪感でいっぱいで。
頭をよぎるのは可愛く俺に笑いかけるかずと、真っ白な顔でソファーに横たわるかず。
退院が決まっても、かずは人形みたいになっちゃって、なんの感情も見えなくなってた。
なんとか元のかずに戻してやりたくて、子どもみたいな顔で笑うのをもう一度見たくて、精神科にも付き添った。
素直じゃなくて、甘えるのも苦手なかずが、俺には甘えてくれてた。
柔らかく笑ってくれるようになってたのに。
かずの心の傷が、どれほど大きいのかを知るほどに、俺の胸も苦しくて、痛くて、辛かった。
ほんの少しの期間だけど甘いかずとの時間が、俺を支えてた。
かずが本当は甘えたで、素直じゃないけどそばにいて欲しいとか、愛されたいとか思ってるのがわかるようになってたから。
時々感じるかずの本音が愛しくて、守りたいって思ったんだ。
無表情になったかずだけど、目の奥が寂しいって言ってるのがわかるようになってた。
先生は元に戻る保証はないって言った。
元に戻らなかったとしても、それでも俺はかずのそばにいたい。
かずが俺のこと求めてるのがわかるから。
手を握ったらぎゅっと握り返してくれるかず。
俺が好きだよって言うと、唇を噛んで耳まで赤くなるのも、かずの嬉しいのサインで。
小さなそのサインが嬉しくて仕方ない。
運命だって思った。
だけど、運命なんて言葉は吹っ飛んでった。
それでも俺は、かずを好きで。
守りたいって思ったんだ。
かず。
ずっとずっと一緒に行こう。
まだまだ道は途中だけど、ずっとそばに居る。
だから繋いだ手は離さずに、二人で明日を迎えに行こう。
きっと騒がしい明日が待ってる。
「ずっとそばにいる。だから、ずっと二人でいような」
静かに眠る頬に口付けて、俺も目を閉じた。
おしまい