「じゃあな。あ!明後日来いよ。仕事あるんだからな」
元気に手を振りながら坂をおりてく松にいを見送って玄関に入った。
「かず、ココア飲もうか」
上がり框に足をかけながらかずに言うと、コクっと頷いて俺のセーターの袖口をつまんでついてくる。
自由になる右手でお湯を沸かして、マグカップを出す。
お湯が沸くまでの間、松にいが使ってたカップを洗おうと蛇口をひねったら、かずの手が袖口を離れて背中にぴとっとくっついてきた。
思わずビクッとしそうになったのを堪えてカップを洗う。
かずを背中にくっつけたままココアをいれてマグカップを2つ持つと、スッとかずの身体が離れていった。
ほんの少しの時間感じていたかずの体温が離れていったことが寂しい。
空いた隙間が寒いような気がして、ピッタリくっついてソファーに座った。
コトっとマグカップを置くと、かずの手がすぐに伸びてカップを包んで持ち上げる。
フーフーと息で冷まそうとするその仕草も可愛いって思うのは、惚れてるからか。
窓の外を見ながらゆっくりココアを飲んだ。
庭の小さな金木犀の木に花が咲いて、今朝からふわふわと香りが漂ってる。
小さなオレンジ色の花が太陽に照らされて光ってた。
木の下で丸くなるいつもの白い猫をスケッチしたり、松にいからもらった野菜を籠に入れて描いたりしてたら、かずが俺の背中にまたくっついてスケッチブックを覗き込む。
くっついてるかずから柑橘系の香りがふっと鼻を掠めて、身体に熱が篭っていく。
スケッチを続けることで熱を誤魔化して、ただかずの体温を感じてた。
ピコンッ
完全に絵に夢中になってた俺は、ビクッとして俺のセーターを握りしめたかずの反応でその音に気づいた。
強ばるその手を上からトントンして、大丈夫ってかずの目を見て言う。
不安に揺れる目で俺を見るかずに、テーブルの上で光ってるスマホを渡した。
受け取ることもせずに俺をじっと見る。
開けてってことなんかな。
パスワードも設定してないかずのスマホ。
スッと指を滑らしてホーム画面を呼び出した。
メールアプリが点滅してて、見るとまーくんって相手の名前が表示されてる。
それをかずに見せると、口元が緩んだ。
少しだけ弧を描いた薄い唇。
綺麗だって思った。
微笑んだままポチポチとメールをやり取りしてるのを見るともなく見てたら、最後にかずがふふって笑った。
「まーくん、帰ってくるって」
「あ、え?今日?」
「うん。ご飯作ってくれる」
「そうか」
「うん」
相葉さんが帰って来るって聞いて嬉しそうなかずの様子にホッとする。
トコトコとリビングに戻ると、俺がさっきまで描いてた松にいからもらった野菜の写真を撮って、メールを送ってるかず。
松にいの野菜の写真送ったんだな。
途切れ途切れに鼻歌を口ずさむかずを見ながら、相葉さんはもう大丈夫なのかな?と思った。