「まーくん」
小さな、本当に聞こえるかどうかギリギリの小さい声で呟いたかずが、俺の手からスルッと抜け出して相葉さんへと駆け寄った。
少しふらっとしたけど、その数歩を自分で走るように歩いた。
一瞬、何が起きたのか分かんなかった。
気づいたら、俺の腕の中に温もりはなくて、
かずは相葉さんの背中にしがみついてた。
「かず.....」
唇から漏れた声は、誰にも届くことなく空気に溶けた。
まーくんって呼びかけるかずの声には、なんの抑揚もなくて、今まで俺が聞いてた音とは全然違くて、急に不安になった。
パッと駆け出したかずに驚いて、転ばなくて良かったってそれだけ思ってたけど。
なんだよ、その無表情な声は。
かずは、かずの話し方は、はじめの頃はめっちゃキツかったけど、本当のかずは柔らかい音で話すんだよ。
少し舌っ足らずで、甘くて、ちょっと拗ねたような声で、音で『まーくんはねぇ.....』って、いつも話してた。
なのに、なんでそんな話し方になってんの?
もしかして、薬いっぱい飲んだのが影響してたりすんのか?
いや、でも先生そんなこと言ってなかったよな。
じゃあ、あれはなんなんだ?
おかえりって言ったあと、しがみついて顔を上げないかず。
困った顔をした相葉さんと目が合った。
「ねぇ、和」
「まーくん、何で早いの。何で帰ってきたの。何で櫻井さんと一緒なの。何で」
相葉さんが話しかける声を遮るように話し出したかず。
どうした?
なんでそんな早口?
ジーッとかずを見てたらパッと顔を上げて
「なんで、櫻井さんとキスなんかしてるの」
って、やっぱり抑揚のない声で言う。
少しでもかずから目を離すのが怖くなって、とにかく何も見逃さないようにしないとって思って見てるけど、どんどん分かんなくなる。
俺のことはほとんど無視だったのに、相葉さんにまとわりついてるのはなんなんだ?
なんか二人が話してる。
「何でしょーちゃんって呼ぶの」
相葉さんが櫻井さんをしょーちゃんって呼ぶのが、そんなに気になるのか?
お前、どんな顔してんの?
俺からはかずの背中しか見えなくて、声は無表情だけど、顔は?どんな顔してんだろうって、そればっかり気になる。
「好きだから」
「………好き」
「僕はしょーちゃんが好きで、しょーちゃんも好きって言ってくれた。僕はしょーちゃんとコイビトになったんだよ。だからキスしてた」
「………好き………コイビト………キス………」
「そうだよ」
好き
恋人
キス
知らない外国の言葉を呟くように、繰り返されるコトバ。
かず.........。
「………」
かずは静かに相葉さんから離れて
「おかえりまーくん」
って言って、俯いた。