「大野くん、帰ろう」
相葉さんが穏やかな声で言う。
だけど、俺は帰る気になんかなれなくて、まだ相葉さんと櫻井さんにイラついたままで、頷くことなんて出来なかった。
「大野さん.....」
潤が心配そうに俺の名前を呟いて、背中を撫でてくれてる。
「俺は、ここにいる。かずを置いて帰れない」
「大野くん、かずは大丈夫だから帰ろう?」
「嫌だ。ちゃんと目覚めるまでここにいる」
黙り込んだ相葉さんは、迷子の子どもみたいに一瞬視線をさまよわせて、それから櫻井さんを見た。
櫻井さんは全部わかってるみたいな顔して、相葉さんの背中を優しく摩った。
そしたら、相葉さんがふわりと笑って、その笑顔を見て櫻井さんもふわりと笑った。
イライラする。
何なんだよ。そんなにイチャつきたいなら、二人の時にしろよ。
こんなとこで、こんな時にイチャついてんじゃねぇよ。
叫びだしそうな気持ちを堪える俺に話しかけてくる声は穏やかだった。
「大野くん、かず、たぶん明日にははっきり目覚める。そしたら、退院の準備とかすることもあるから、とりあえず今日は帰って寝ておかないと、大野くんが倒れたら誰がかずを守るの?」
その声がイラつきを助長させるけど、かずが退院してからのこと言われて、頷いた。
「色々、言いたいことあると思うけど、それも全部、家で聞くから。帰ろう」
重ねて言われて、子供じみた強がりは言えなかった。
タクシー乗り場から、4人でタクシーに乗り込んで家に帰った。
俺はすぐにでもかずのことを話したかったけど、とりあえずご飯とお風呂をすませてから話そうって相葉さんに言われて、嫌だと思ったけど頷いた。
悔しいけど、腹が減ってたし。
潤は明日は大学って言ってた。
相葉さんと櫻井さんは、仕事あんだろうし。
そこに負担をかけるのは、かずが喜ばないような気がしたから。
夕飯は、あるもので簡単に作るよって相葉さんが言って、パスタを作ってくれた。
特に話はしないで、普段はつけないテレビをつけて食べた。
各自で後片付けをして、順番に風呂に入る。
最後に相葉さんが入って、リビングに全員集まったのは夜9時になる頃だった。
「お待たせ。何か、飲むもの用意するよ。何が良いかな。大野くん、何が良い?」
気をつかってくれてんだなって思った。
いつもならココアが飲みたいけど、それは、かずが帰ってきてからにしたいと思った。
「コーヒーお願いします」
「あ、俺も」
「じゃあ、俺も」
俺がコーヒーって言ったら、櫻井さんと潤も同じものを頼んだ。
「みんな同じなら、僕もそうしよう」
相葉さんは一瞬櫻井さんを見て、少し微笑んでキッチンへ行った。
追いかけるように櫻井さんが立ち上がって、キッチンへ入っていくのを見ながら、イライラして仕方なかった。
「何があったか教えてくれる?」
「何がって、どこから話せばいい?」
そう言われて、昨夜のことから相葉さんたちが来るまでのことを、潤と話した。
櫻井さんは、何か英語のメモと相関図みたいなのをノートに書いてる。
相葉さんは、潤にかずの倒れた時の様子を聞いたりした。
そんで、また迷子みたいな顔をして黙り込んだ。
櫻井さんが、また背中を撫でて。
また、2人で微笑み合う。
何なんだよ。
マジでイライラする。
「うん。大体分かった。まず、潤と大野くんにお礼を言うよ。本当にありがとう。2人がいてくれて良かった。それと、大変な時に連絡も取れなくてごめん。本当に反省してる。ごめんなさい」
「俺からも謝るよ。俺がスマホを預かってたから、気づくのが遅れたんだ。本当に悪かったと思う」
ひと通り話すと、2人は揃って頭を下げた。
違うんだよ。
そうなんだけど、違う。
もちろん、2人に連絡がつかなかったことも不安だったけど、それだけじゃない。
2人が妙に冷静なことが一番イライラしてるんだ。
そのうえ、なんか幸せそうにしてるのが、とてつもなくイラつく。
今じゃ無いだろ?
それ、後でじゃダメなのかよ。
言いたいけど言えなくて、それでも小さく頷いた。
「大野くん。とりあえず、かずの命に関わるような事はないから、安心していいよ。心配だったよね」
「そうだね。ICUにいる間は心配ない」
その櫻井の言葉で、ブチっと、何かが切れる音がした。
「お前が精神科行けって言ったから、あんな薬飲んで死にそうになったんだろ!ICUにいる間は心配ない?かずは死のうとしたんだぞ!バカじゃねぇの?お前の勧めで行った病院でもらった薬が原因なんだよ!命に関わらないから安心しろ?ふざけんなよっ!!なんにも安心できねぇよ!医者でもないのに、医者みたいなこといいやがって!ふざけんなよっ!!!」
喉が痛い。
ごめんな、かず。
俺、こんなふうに怒ることしか出来ない。