コンコンっ
「お疲れさまです。戻りました」
小さな声で言って、かずが楽屋に戻ってきた。
おいらの隣に、きっちりこぶしひとつぶんの隙間をあけて座ったかず。
最近はかずの寝顔しかまともに見てない。
少しだけ顔色も悪いような気がするけど、体調が悪いのか?
もう、そんなことも教えてはもらえないのか?
今までは、おいらに甘えて過ごしてたのに。
おいらの知らないところで、誰か他のやつに甘えてるのか?
そう思ったら、もう我慢なんて出来なかった。
座って、目を閉じて天井を仰ぐようにソファーの背もたれに身体を預けるかずの、膝の上の手をとってぎゅっと握る。
かずは一瞬ビクッとしたけど、目は開かなかった。
その事が、おいらを追い詰めた。
今までなら目を開けてくれたはずで、その茶色の瞳においらを映して「どうしたんですか?」って、優しく聞いてくれたはずなんだ。
どうしてだ?
おいらの不安は当たってんのか?
声が震えないように力を込めて、だけど、自然に聞こえるように話しかけた。
「かず、こっち向いて」
おいらの声にふっと目を開けたかずは、2回瞬きをしてからおいらを見た。
何だか久しぶりにかずを見た気がする。
ここのところ本当に目を合わせてなかったんだ。
「かず」
「はい、なんですか?」
優しい顔してる。
それ、仕事の顔じゃねえか。
もうおいらに見せてくれた、あの柔らかい笑顔は見せてくれないのか。
「かず。お前、好きなやつが出来たのか?」
「え?なに....」
「それとも、忘れられないやつがいるのか?」
「何....言ってるの?」
「いつまで、おいらのかずだった?」
「さとし....」
「お前のあの歌。あれ、そうゆうことなんだろ?いくら人の書いた歌詞だって言っても、気持ちがこもってなきゃ、あんな風には歌えないだろ?」
かずの目が少し大きく開いた。
だけどそのまま瞬きをして、次に目を開いたときには、かずの目は何にも写ってないみたいに、色がなかった。