仲間が必要。

居場所も必要。

 

祖父母が星に還り

1人になった頃・・・

 

会社を設立する。

社長になりたい!なると決めた。

 

 

当時大好きな彼とお付き合いしていたし

結婚しようね、なんて囁きあっていたけれど

全く結婚には興味はなく、

自分自身で立つ力が欲しかった。

 

今は”自立”と言う言葉を聞いても何も感じなくなったけれど

20代前半は、コンプレックス、焦りが大きくて、

”自立”してるように見せたり、1人で立てている、かっこつけるのに大忙しだった。

 

 

性格こそ変わっては居ないものの

コンプレックスが多すぎていた。

(不安のかたまり)

 

今はきっと自立している。

そんなことはどちらでもいいくらい随分と強くなれた。

 

 

私自身のおいたちが自分自身を強くも弱くもしてくれたと、

心から感謝している。

 

私はたまたまBLOGに人生の中で感じた事を綴ってみているが

人それぞれドラマがあって、私はなんだかんだ恵まれている方だとも思う。

 

 


 

仲間が必要だと気づけたことは

今振り返ってもとても大きな成長だった。

 

1人で生きていく!!この方が強そうには見えるけれど、

そもそも人は1人で生きていけない事を認めた事。

理解した事。(初めは認めたくなかった)

 

 

誰とも会わずに家に1人で居たって、

人が育てた野菜を食べ、どこかの誰かが作った椅子とテーブル、

誰かの夢の果てである製品やPC、スマホ、TVだって使用している。

全てが人の繋がりだ。知らない誰かの力に支えられている。

 

 

仲間を作ることはリスクもあるし、

失う怖さも手にすると言うこと。

(お仕事、ペット、結婚、人間関係全てに言えるのかな)

 

 

いつか失うのなら出会わない方が良い、関わらない方が良い、、なんて、そんな風に思う時間もあった。

 

 

そもそも、人生は楽しくて悲しくて、優しくて、辛い。

傷つき、癒され、転んだり、立ち上がったり。

そんな流れを謳歌する事が”生きている証”だと今は思う。

 

 

 

 

当時の私は仲間を探すべく

とにかく友達を増やし、知り合いを増やし、

イベントやパーティー、会員制BARの飲み会などには顔を出した。

 

どこから始めて良いのか、

何をして良いのか分からない若さゆえの行動だったと思う。

 

 

この日々は人との繋がりの中で、

私自身が何を大切にしたいかを知れた時間にもなった。