久々のオペラ

 

先週の14日(金曜日)に、オペラ『カルメン』を観てきました。

場所は内幸町にある、千代田区立内幸町ホールです。

 

公演監督   : 冨浦元公

演出     : 水戸瞳

エレクトー ン  :  山本亜美

ダンサー        : 平島聡 新城由美恵 伊万理恵

ナレーション   : 天水初音

 

カルメン   :  藤田槙葉 後藤未有 

(主人公の妖艶な女性を二人の歌手がつとめました)

 

ドン・ホセ   :  安保克則 志田雄啓

(主人公の一人で、自分の人生を壊したカルメンを刺殺)

 

ミカエラ   : 石井和桂奈 

(ドン・ホセの許婚 歌の雰囲気は魅力的でした)

 

千代田区民コーラス : 岩佐りょう子 田頭亜里 宇津木由実子 

            本坊由紀  懸千恵子 田嶋マキ 正田真美


後援   : 千代田区

 

年に一度ほど、こうした公演があるようです。

 

千代田区民コーラスのメンバーに、

「岩佐りょう子」の名前が見えます。

千代田区議会議員の岩佐りょう子さんです。

 

プロの公演に、岩佐議員ほか区民の皆さんがトレーニングして、

フランス語でコーラスに協力した模様です。

舞台衣装は、なかなかのものでした。

 

私は大学の「第2外国語」でフランス語を選択したのですが、

まったく身についていません。

歌詞の意味が、さっぱりわかりませんでした。

 

もちろん、わからないながらも楽しむことはできました。

舞台の後方に、日本語訳が投影されていたからです。

 

実は、あとで岩佐議員の衣装姿をからかう目的もあって

公演を観たのですが、出来が良かったので当てが外れました。

 

『カルメン』は、19世紀のフランスの

作家プロスペル・メリメが発表した

小説をもとにしたものです。

 

資料によれば、オペラ『カルメン』は、

世界中で公演されている人気の演目です。

アンリ・メイヤック(英語版)とリュドヴィク(英語版)が

台本をつくり、ビゼーが作曲した4幕のオペラと説明されています。

『カルメン』の舞台はスペインです。

 

出演の千代田区民の皆さん 後方左右5番目が岩佐議員(撮影禁止なので、画像はこれだけ)

 

『神曲』

 

ようやくダンテの『神曲』(河出書房新社:日本語訳 平川祐弘氏)を

読み終えました。

といっても、「流し読み」です。

 

『神曲』はキリスト教の「あの世」を描いた全14,233行の

長編叙事詩ですから、読むためにはそれなりの時間が必要です。

 

キリスト教において聖なる数「3」を基調とした、

均衡のとれた構成として評価が高い作品と高い評価があります。

 

    キリスト教の「3」は、「神が父と子と精霊という3つの

     各位(ペルソナ)とから成ることによる」とのことですが、

     私にはよくわかりません。

 

以前から気になってはいましたが、読む機会がありませんでした。

 

イタリア語ができない私は、日本語訳で読むしかありません。

小説の場合は訳が容易であっても、詩の場合は

ニュアンスが違うことがあります。

訳者が貧弱だと、詩の良さが伝わってきません。

 

この作品は、訳者が良かったので高貴さを感じました。

それでも、理屈っぽい私には「???」という箇所があります。

 

詩は理屈ではなく感性で感受しなければならないのに、

つい「理屈が合わない」などと考えてしまいます。

「理屈が通らない世界」の話なのにです。

 

もっとも、作品の中でも理屈っぽい表現がありました。

あの世で「養分を取る必要がないものが、

いったいどうして痩せるのでしょうか」

という疑問が記されていたことです。(煉獄篇第25歌)

 

それなら、肉体がないのに「あの世」で

痛みを感じるのもおかしな話です。

本編は地獄篇・煉獄篇・天国篇とわかれていますので、

ここでは精神的な苦しみについて諭しているのかもしれません。

 

面白いのは、ダンテの世界にも「三途の川」があることと、

「後ろを振り向こうものなら、また外へ戻ることになるぞ」という、

表現があったことです。

振り向くことに対するタブーです。

 

「三途の川」は仏教の世界の話であり、

「後ろを振り向くと元の木阿弥」になるというのは、

日本の神話で亡くなったイザナミを追ったイザナギが経験したことです。

 

「振り向いてはいけない」「見てはいけない」という話は、

世界各国の神話や民話にみられます。

 

たまたま『神曲』にもあっただけのことでしょうが、

「人間社会には知らないほうがいいことがあるよ」

という教えが共通してあるのかもしれません。

 

教えと言えば、今日いうところのLGBTが

作品内で取り上げられています。(煉獄篇第26歌)

「好色多淫であった人々が自分たちの男色や女色の罪を

いまここで自責しているのである」、というものです。

 

余談です。

『神曲』がつくられた時代は、蒙古が日本を侵略した時代です。

ダンテの生まれたフレンツェは統計発祥の地で、当時の人口、

小中学生、高等教育学者、銀行など事業所の

数を把握していたのに驚かされます。

 

科学者的な芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチの能力が開花する、

土壌がつくられていたということです。

貧弱な「土壌」では、良いものが育ちません。