かっさんの自己中エッセイ899

貞子さんの中学校の同窓会の二次会が、”きずな”の話題で盛り上がったという。かねてなら怒る彼女も、夜遅く帰ってきて上機嫌だった。世は高市政権の限りない戦争準備で暗いなか、”きずな”が灯りをともすのであればこんなにうれしいことはない。”きずな”には猫たちも登場するが、こちらの方は話題になっても涼しい顔だ。それで今回も猫たちにご登場願いたい。さて、猫たちに利き手というのがあるのだろうか。もしあるとすれば、ミーもチビも右手が利き手だ。横になるときは必ず左を枕に、右手はいつでも自由に使えるようにしている。これは敵に襲われたときに、すぐさま右手の猫パンチが使えるからだ。ところでここに問題が生じた。ミーの右手の肩甲骨が、左の半分しかないのだ。少しだけびっこを引くのはそのせいでもある。こうした発見は、一日中猫と暮らす中でできたこと。ミーは必ず一日一回、ミヤーと言って、椅子に座っている私にマッサージを要求する。その中での発見。ミーが外に出ることを嫌い、家の中で暮らす工夫を考え出したのは右手のせいか。最大の問題はトイレ。これは住人を観察することによって、人間のトイレを使うことを覚えた。何しろ利き手の右手が、戦闘力の半分しかないのは大きな問題だったのである。動物は困難があれば知能が発達する。チビよりミーの方がはるかに知恵が発達している。チビは何一つ不自由しないから考えているようでいつもボーとしている。私もそうで、知能が限りなく退化していく。(愛好家)

かっさんの自己中エッセイ898

 

 

「少し早いですけど」。姪のギンギンせかせかした声に「少し早い」だけが耳にガーンときて、「12日土曜日11時半」から、月が消えてしまった。目の前の暦を見ると、9月に、「12日土曜日」は、はっきりと明示されている。9月12日か。兄の命日は12月12日なのにこれまた9月に7回忌とは早い。貞子さんに話すと、「何かの間違いでは」と言ったが、義姉の具合でも悪くて早めたのだろうで落着。で、12日。暑いのにカッターシャツを着てお寺に行ったが、どうもようすが変だ。11時になると、坊さんが本堂の戸締りをしていく。境内にはそれらしき人影もない。これはおかしいと聞きに行くと、お兄さまの予定は入っていないという。そうか、早いとは「お知らせ」が早いとのことだったのか。支部会議を棒に振って来たのにと、汗がどっと出た。帰って姪に電話すると、ぴったし12月12日(土)の命日が7回忌だった。やれやれと思って一週間。切手のない「災害用郵便」が熊本から届いた。開いてみると「10月16日(土)」、父の法事を行うとあった。暦を見ると10月16日は金曜日で、土曜日なら17日だ。これは印刷ミスだと思ってよくよく見ると「令和9年」とある。亡くなった北島とは大学の同級生で、鹿児島は熊本から遠いからと、息子さんが連絡を一年前にしたのか。それとも「災害用郵便」が利用できるうちにと封書を出したのか。82歳のぼくに来年のことは分からない。「早い」が暦を走る9月だった。(愛好家)

かっさんの自己中エッセイ897

14兆円もの国家予算をわしづかみにして、「おれが国民の暮らしと命を守っているんだ」と言わんばかりの涼しげな顔でテレビに登場する防衛大臣。見るだけで胸がざわつく。あなたはその予算の一部を使ったミサイルで、台風を打ち落とすことができますか。戦車で水害や地震に合った方々を救済できますか。ざわつく胸で、そんな質問をぶっつけたくなる。人を殺傷することしかできない防衛予算で、国民の命と暮らしを守ることはできない。それよりもその予算の大半を使って、耐震化家屋の増築を急ぐとか、狭い河川の拡張を急ぐとかして、国民の命と暮らしを守って欲しいのが庶民の願いだ。いくらミサイル基地を強化しても、戦争となれば国民の命は吹き飛ぶ。そのことぐらいは分かって欲しい。近畿、関東等で頻発する線状降水帯は、そのことをこれでもか、これでもかと教えているはずだ。防衛大臣がカエルに水の顔をしているから、たまらなくなって天は、次々と記録的な雨を降らしている。分かって欲しい。ちょっぴり期待した防衛大臣だったが期待ははずれは当たり前か。ちょっぴり期待で思い出したが、NHKの椿プロダクションから連絡があって、山田孝之のファミリーヒストリーは夏にと言っていたけど秋以降(11月3日)になるという。山田家は沖縄から薩摩川内市に移り住んだらしく、本人は川内南中出身。現在、父親が鹿児島在住。離婚し母親は東京らしい。期待していた薩摩川内市の部分はカットで、お詫びの手紙が来た。(愛好家)

かっさんの自己中エッセイ896

私の庭には今、ピンク、深紅、黄色、黄色に赤の筋の入ったものの四種類のおしろい花が咲いている。昨年は、一本のおしろい花に、赤、黄色、黄色に赤の筋の入ったものの花が咲いていて、それはそれは愛でたものであるが、今年は猛暑のせいか花に勢いがない。その代わり、サッシのすぐ目の前の軒下の、深紅のおしろい花が美女そのもの。軒下で猛暑の影響を受けないからであろう、それはそれはきれいで、私は歯磨きのたびにコップの水を与える。彼女は、ゆらっと揺れてお辞儀する。花は夕方に咲き、明け方には目を閉じる。夕方一つひとつと目覚めていくおしろい花に、今晩は今夜もよろしくねと、サッシ越しに声をかけると、花はそれに応じてかすかに揺れる。朝は朝で、闇の残る軒下に向かって、ご苦労さん、お休みと声をかけ、コップ一杯の水を恵む。花はそれに礼を言いつつ、一つひとつ眠りにつく。これが朝夕の日課で、あとは猫たちの世話。一日中付き合っていると、猫たちが何を考え、次はどうするか読めてくる。特にミーと私との間では会話が成り立つ。私は英語が苦手で、受験にも英語で失敗し、ランクが上の大学にも不合格だった。しかし、猫との間ではなぜか話が通じる。しかし、チビの方はそういかない。判断が鈍いのである。いつも老人みたいにボーとしている。何を考え、どう行動しようとしているのかさっぱり分からない。だからチビには用心深く構える。そんな一日一日で、私の黄昏は暮れていく。今日もそう。明日もきっと。(愛好家)

かっさんの自己中エッセイ895

突然、私が腰かけている椅子の左手から、ウオーという、唸り声。見ると、ミーが足を踏ん張り、目をまん丸くして私をにらんでいる。私はすぐに理解した。「今からウンチをするので、決して見に来るな」と言っているのである。唸り声を、即座にこう理解したのは、数日前、ミーがうんちしている姿と、偶然目が合ったとき、そのような唸り声を発したからである。ミーのうんち場所は二階のトイレに置いてある。それまでは洋式トイレで済ましていたのであるが、足腰が弱ったせいかできなくなり、その横にミー用のトイレを設置した。その日はたまたま私の書斎の入り口のドアが開いていて、用事深く抗議に来たのである。分かった分かった、安心しなというと、ミーは姿を消した。ミーはしとやかな女性である。老いたりとはいえ、ウンチするという恥ずかしい姿は見せられない。ミーにはミ―なりのプライドというものがある。それともう一つ。用足しの姿を他人に見せてはならないというのは、動物的防御本能でもある。人間にもそうした原始的遺伝子があって、用足しは人目につかないところでやる。もし、用足し中に敵に襲われたら防御することができないからである。しかし、なかには用も足さないのに、恥部をぶらぶらぶら下げて、軽犯罪に引っかかる輩もいる。猫にしてみれば。まあ恥ずかしいといったところ。しかし、猫にしても、普段は尻尾で隠すが、安住できるところでは尻尾をぴんと跳ね、犯罪ではないにしても恥部露わだ。(愛好家)

 

かっさんの自己中エッセイ894

「おしょろ様がおじゃった」。お盆近くになると母は、そう言いながら庭先の盆トンボに、声をかけるのが常だった。目を走らせるとそこには、おびただしい盆トンボが、ツーン ツーンと群れ飛んでいた。幼いころのぼくは母の声を聞き、庭に群れ飛ぶおしょろ様を見て、盆の賑わいを思い、夏の終わりを感じ、言い知れぬときめきと寂しさを感じたものだった。そのおしょろ様が、お盆過ぎの今でもほとんど見かけない。昨年がどうだったか思い出さないが、墓仕舞いが進んで、「もう、俺たちの出番はなくなった」と、おしょろ様が思ったかどうか分からない。それにしても不思議だ。温暖化の影響で、盆トンボの季節感が狂ったのだろうか。子育ての場所を奪われたのだろうか。揺れ動く初盆の、竹竿にかかった盆提灯も見かけることも少なくなった。年に一度の、お墓の賑わいも遠い昔の話。今年も夏のお盆は、暦の上で過ぎていく。それでも貞子さんは、市販の「はなつまんだんご」を食卓に、飾ってくれた。人間が季節感を失うことは、おもいやりとやさしを失うことではないか。お正月は今年一年の命の尊さを思い、お盆はお盆で、自分に命を授けてくれた先祖様を思う。そこに、他人への思いやりとやさしさが育つのである。昨今の若い世代の暴走する姿を思うにつけ、しみじみとそのことを思う。小学校で春を探そうとする試み。中学校で秋を綴ってみようとした試み。いずれも季節感を育むことであった。いま一度そのことを深く考えたいものだ。(愛好家)

かっさんの自己中エッセイ893

「出発はついに訪れず」とはどこかで聞いた文言だが、ぼくの場合、「返事はついに訪れず」だった。新聞社に問い合わせ、その上でのぼくへの依頼の電話。どこで亀の首を引っ込めたのだろう。多分、電話の主は、「妹背たかし」のことを、知的でスマートな青年と思い描いていたのではないか。ところが電話の「妹背たかし」は、ぼそぼそとした語りで、しかも耳が遠いとあって、がっかりされたのであろう。「これはちょっとやばい」と思って、依頼の手紙を書くことを中止されたのだ。でなければ、ぼくの個人情報を聞き出すための詐欺的行為であったかもしれない。そんな訳で、赤いバイクがぼとぼとと空からやって来るたびにポストを覗いたぼくは、全くのもの笑いだったわけである。人生そんなこともあろう。たがが、田舎の売れない詩人の話だ。たまたま大賞を取ったからといって、急速に有名になるわけでもない。雑草に埋もれて生きていく。それでいいのだ。自己満足で頭を高くしていればいい。ぼくは今まで、ぼくの詩を読んだ女の人から、「スケベじじ」と酷評されたことが二度ある。一度目は、宿舎に尋ねてきた教え子に酔っぱらって会えなかった詩。もう一つは、お見合いで好意を寄せた女の人を断った詩。二つとも、女性の立場からしてみれば許せなかったのだろう。それがスケベじじとなった訳。ぼくは酔いどれスケベか。それでもいい。コソコソと詩を書いていればいい。うだるような暑さのなか、ぼくは今日も生きてるよ。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ892

古い、といっても60年前の日記を引っ張り出して読んでいると驚いた。「2月20日(土)晴れ」とあって、「給料日。3万1千円もらう。下宿代1万2千円。定期と普通に5千円ずつ貯金。あと、剣道部員7人にラーメンをおごる」。これが1967年の記述で、それから十年後の日記。「今日は給料日、18万6千円。6倍も給料アップ。5円ハガキが20円に、10円切手が50円に。給料は上がったとしても物価高に追いつかない」。当時の公務員の給料は安く、食うのにがつがつだったが、我々組合員は相次ぐストライキで、給料アップを勝ち取っていった。ボーナスより追給の方が多い年が数年も続いた。教え子からは、先生はそんなに給料は安いのと笑われたこともあった。教え子の方が稼ぎが多かったのである。今はどうだろうか。もう職場に組合といったものは影も形もない。この物価高、組合員がストライキを構えるといった話も夢物語。高市政権は強い経済とか言って、大企業に大盤振る舞い。好き勝手なことをやっている。世の労働者よ。怒りを忘れたら馬車馬と同じだ。怒りをもって立ち上がろう。世にあふれるお金は労働者のものだ。われわれが処分覚悟でストに次ぐストを構えたのは生きるためだった。当時、若き労働者の先頭に立ってアジった私は、村人から石を持て追われた。しかし後悔はしていない。父母の怒りは買ったものの、子どもたちはストに出かける我々に手を振ってくれたし、今でも慕ってくれている。戦う正義は錆びつかないのだ。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ891

よいことは三日と続くわけはない。もう次の日は二つの不幸に襲われた。一つ目。調子が良いので6時過ぎから草刈りをしようと外に出ると、ナント、草刈り機の混合を入れる入口の蓋が取れてない。さては史郎さんが使ったかなと、史郎さんの車を調べるがない。四日前に草を刈ったところをくまなく探したが見つからない。史郎さんに電話を入れると使っていないという。二回、三回、と探して四回目、執念が実ったか、草を焼いた燃えカスのところに転がっていた。あったあったと喜んだが、頬をやけどして使い物にならない。結局、平和機工で買うはめになった。「いくらしたと思う?」と貞子さんがにらむ。二つ目。その日は田村委員長の話を聞く予定で、貞子さんに駅まで送ってもらった。着いてからあれこれ探し回ったが会場が分からない。待てよと、手にしたチラシを見ると、ナント会場は勝目の方だ。慌てて、公衆電話で、貞子さんに、かつひろさんに、一回、二回と助けを求めたがつながらない。タクシーで行こうかと思ったが、小銭がパラパラ。どうにか「くるくるバス」のバス代があって、30分近く待って、しょぼしょぼと帰った。どうやらその日は動かないでじっとしていろという、神の命令だったかもと、自分を自分で慰めた。昨日がさわやかな風が吹いただけに、今日の風はむんむんするほど暑かった。ついでにだが、SSプラザには公衆電話はない。しかし、10円出すと事務室の電話が使える。これは大変な発見だった。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ890

17日。高市政権のむちゃくちゃ国会の会期末。その日私は爽やかな疲れを感じた。一つ目の疲れはスタンデイング。これは、支部長代行と地区委員長の合作による、党中央委員会への手紙の返事に感動したもので、手紙の読み合わせの後、よし、うちらも行動しようと立ち上がったものだった。お迎えは7時半近く、支部長代行の車。スタンデイング場所に着くと、すでに3名の姿があった。その仲間に入り川内高校の校門前に立つと、ちらちらと高校生の姿。川内高校は私の母校で、孫二人もお世話になった学校。「おはようございます。戦争に反対しましょう」。声をかけると、笑みを浮かべながら反応する若き高校生。弱った足で一時間たち切れるかなと思っていたが、バスからぞろぞろ降りてくる高校生に励まされ、声を出し続けた。終わって支部から出されたペットボトルの水が爽やかに、心地よい疲れとともに流れる。二つ目は、入来へのドライブ。連れ合いの用で久しぶりの遠出。ここでも疲れを感じたが心地よかった。三つめは生協前で出会ったTさん。ここでは「かっさん」の声で、猛暑が吹き飛んだ。女の人の顔は、その日その日で変わるから、会うといつも「!」となる。その日も、「Tです」と言われるまでは声をかけられても気づかなかった。ああ、児童クラブのTさん。私を笑顔で支え、励ましててくれた人。あまりの若い姿がまぶしかった。こうしてよぼよぼのおじさんは、三つの爽やかさに元気をもらった一日だった。(詩愛好家)