かっさんの自己中エッセイ883

地区委員会に行くまっすぐな道を車に揺られていくとき、私の視線は傷みと懐かしさが西に走る道に流れる。最初の道は、五代の久留巣に通ずる一本道。道が坂に突き当たる右手に、二回りも違う姉が嫁いだ家があった。そこに記憶の波が打ち寄せる。特に夏から秋にかけて、それは濃い景色となる。あるときはトマトの収穫に。またある時はスイカを肩に。トマトは、今では五代焼酎の大きな工場が建っている辺りに、義兄がを作っていた。中学校を卒業するまで、その収穫の手伝いによく出向いた。帰りは袋いっぱいのトマトを手に、幼い足には遠かった道を歩いて帰った。スイカは、坂を上り詰めたところから左に折れると、広々とした畑が広がっていて、その一角にあった。スイカを取りにおいでという姉の声に、三つ違いの兄とよく出かけた。姉は一本の棒に、三つも四つもスイカを括り付け、堤防沿いに帰りなさいと促した。道でなく高城川の堤防だ。私たち兄弟はあまりの重さに、一つ二つ捨てて帰ろうかと話し合ったこともあった。もう一つの道は、途中の道路ミラーが立っている右手の細い道。その奥まった端っこに姪っ子の家があった。今は人手に渡り、生涯で二回しか訪れたことのない家だ。姪っ子は大阪からリタイヤした夫とそこに家を構えたのであるが、わずか十数年でその家を捨て、子どもたちのいる大阪へと旅立った。どんな生活を、どんな生き方をして人生を閉じるのかと思えば傷みと懐かしが交差する。道は道。今や記憶に吹く風なのだ。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ882

かつて党の呼びかけに応じて、京都からおいでになったKさんと、北事務所で無料塾を開いたことがあった。そのときの生徒さんで、小学校卒業まで相手したMくんが、お母さんと一緒に、この度、めでたく社会人になりましたとあいさつに見えた。たった一年足らずの交流であったが、不登校を克服したことがよっぽでうれしかったと見えて、高卒のときも、大学に入学したときもそろってあいさつに見えた、母一人、子一人の律義な方だった。市内の会社に入社し、お母さんのもとから出勤するというKくんの笑顔には晴れがましいものがあり、「いつまでも主人のことを忘れずに」と貞子さんは涙ぐんだ。その涙につられて、お母さんも涙ぐみ、K君のほほも赤く染まった。しかし、会社の様子をお母さんから聞き、私はギョッとなった。「朝は8時からなんですけど、帰りは5時半なんです。なんでも。午前と午後の15分の休息が、帰りの30分に加算されるみたいで」。お母さんの話ぶりはたんたんとしたもので、むしろ15分の休息を喜んでいる風であった。私はそれを聞きながら、党が発行した赤本、青本の、「搾取」と「自由」ということばがとっさに浮かんだ。それって労働基準法にもあるし、むしろ30分の延長は労基法違反なんですよと言いかけて口をつぐんだ。就職が決まって喜んでいる母子に、暗い影を落としてはならないと思ったからだ。それにしても巧妙なやり方で搾取するとは。いつかそのことを話してあげたいと痛い気持ちで思った。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ881

NHKの方が、29日の祝日の日に、二人そろって見えた。NHKといっても、NHKから委託された「椿プロダクション」。一人は普通におばさん。もう一人はひょこひょこ動く、助手の若い男性。私の体にマイクが取り付けられ、カメラが二台も向き合って、煌々とライト。美しい風景も吹っ飛んだ。何を着て応待したらいいのか、お茶はどれにしようかと、うきうきそわそわした気分も重く沈んだ。「それで山田さんはどんな人?」「郷士はどんな生活?」と、太ったおばさんから次々質問。「山田さん」と不用意に答えると、そこは山田家と言い直してと、やり直すこと数回。山田家は郷士かな、島津藩の上級家臣ではと、頭の中で考えても、おばさんの筋書き通りに答えないとダメ。ただでさえ緊張している頭が、ちぐはぐなやり取りでますます混乱。マイクに向かう口調もしどろもどろ。こうしたちぐはぐな関係は、瀬の岡の、今は人手に渡っている山田さんの家の前でも、地頭館の前でも繰り返され、しかも歩き方まで注意され何度もやり直し。本当にとんでもない二時間だった。NHKの美人二人を想像していただけに、その落胆も大きく、すっかり疲れ果てて、硬めのお菓子をがぶりとかんで、歯に被せていた銀がポロリと取れた。西南戦争の話も出た、私のじいさまの兄上が参加したのだが、そのことをうっかり話すと鋭く突っ込んできた。この「山田孝之のルーツを探る」番組は、この夏、放送されるという。さてさて、どうなることか。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ880

東京のNHKから電話がかかってきたらみなさん、どう対応される? 私は「NHK・・・」と来たところで、ガチャッと切った。その後再び電話が鳴った。先ほどと同じ番号である。受話器を一度持ち上げて、ガチャッと下ろした。片田舎のおじさんのところにNHKなんてとんでもない。これってロマンス詐欺かNHKを語った投資話。それでなくとも世論調査か。まあ、耳の遠いおじさんにはとにかく面倒くさいのである。しばらくすると、また電話が鳴った。今度は高来児童クラブからである。取り上げると、「高城出身の俳優さんのルーツ調べで、山田さんのことを調べているのですが、中俣さんとなかなかつながらないで困っている」というクラブ主任の田中さんからだった。どうして私が高来児童クラブに勤めていたと、NHKさんに分かったのだろう。山田さんとはちょっとした姻戚関係だが、それをどうやって調べたのだろう。それはともかくあわてて、電話番号の野崎さんという方に電話を入れた。すると、「昨今の事情で電話を不審がられたことは分かりますが、俳優の山田孝之さんのルーツが、山守だったということで、詳しく話を聞きたい」ということであった。高城の山田さんが島津藩の山守だったということを知っていたがために、これはまた大変なことになったぞ、私は身構えた。それにしても山田という人が高城出身の俳優であるとは迷惑な話だ。野崎さんともう一人、女性二人に会うわけだが、美しい風景が見られたらいい。(詩愛好家)

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かっさんの自己中エッセイ879

長崎のNさんから、突然、電話が届いた。「たまには電話しないと」。ふふふ。その声は笑っている。びっくりした。九州の作文運動に、ともに現役生活のすべてを捧げ、退職してからは、いっよになって九州の詩運動にまい進しているNさん。その間のやり取りはすべてメールであった。それだけに突然の電話にあらぬことを思い浮かべ、考えてしまった。それは教え子の蔵坪頼子さんのことである。彼女は40歳になって、島にいる私に電話をよこしたのだ。内容は思い出せないが、声を聴きたくてだったような気がする。ああ、元気だよと言ったかどうか。とにかく軽い気持ちで聞き流してしまった。それからしばらくして、彼女がガンで亡くなったと聞き、ショックを隠せなかった。命が尽きる直前になって私を思い出し、電話をよこしたのだ。姓は小松になっていた。彼女がガンで亡くなったとは誰が教えてくれたのか。今でもはっきりしない。できることなら病床の彼女に会いに行けばよかった。どんなに喜んだだろうか。びっくりしたであろうか。死ぬと分かったとき、会いたい人がいることは幸せなのかどうなのか。私にそういう人はいるのか。私は出来たらひっそりと死にたい。Nさんを思うとき、死ぬ前に元気な私の声を聴きたかったのではないか。Nさん81歳。同じ年。私どうよう病いの身である。そんな、ある意味ではばかばかしいことを考えなければならぬとは。私も老いた。と書いたところで、隣に住む大先輩が93歳で亡くなっていた。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ878

私の家に飼い猫が二匹いる。ミーとチビである。ミーはずいぶんな年寄りで、チビは人間でいえば壮年である。二匹の猫は性格が違う。その性格に影響しているのが幼少期の育ちである。ミーは親と引き離された捨て猫で、給湯桶に隠れているのを孫が拾い出し、飼い猫にしただけに神経質である。ちょっとした音にも怯え、外に出たがらない。外に出ないだけに、家で暮らす知恵を身に着けている。用足しはもっぱら洋式トイレである。最近は終日、私たちの寝室に寝ている。チビの方は、青年になるまで親が寄り添っていた。日向ぼっこもいつも二人で仲よく並び、親は家から出てくるの待って毛繕いを死ぬまでやっていた。だから万事おおらかである。その分、なかなか知恵が発達しない。ミーが自分で工夫して生きているのに比べ、自分で考えることをしない。行動も単調で、いつもボーとしている。ミーは上の方でも書いたが敏感で、人の動きをじっくり観察し行動する。体を触られることも嫌がる。チビは、寝ているところつまんだり触ったりしても目を覚まさない。安心しきって眠っている。これは人間界でも言えることで、虐待される子どもは敏感になり人間不信に陥る。生き方も自分で工夫しようとするから犯罪に走りやすい。親の愛をたっぷり受けて育つ子は大らかで、人を疑うことを知らない。ミーとチビからは幼少期の育ちを教えられる毎日だ。(詩愛好家

かっさんの自己中エッセイ877

「19日の日米首脳会談で、高市首相がトランプ大統領に抱き着いたしぐさが、同じ日本人女性としてすごく恥ずかしい。日本は大丈夫でしょうか」と、震える声で質問した人も。これは21日付『しんぶん赤旗』に載っていた記事である(「高校生88人白熱2時間」)。この女子高校生のことばを待つまでもなく、日本中の国民が、日本外交大丈夫なの、の危惧を覚え恥ずかしさを感じたであろう。まさにアメリカにものが言えない、アメリカべったりの姿をさらけ出したもので、根底には日米安保の呪縛がある。高市首相の姿は、抱き着くことしか知らない外交である。「なにができてないができないか」はっきりすることであるとも言っているが、その姿は見えてこない。「できる」ことは、日本憲法に則った平和外交であり、「できないこと」はトランプの戦争支持である。それを「トランプさんこそ平和ノーベル賞に値する」と言ってみたり(前回)、「平和をもたらせるのはドナルドだけ」と褒めたたえたり、国際法を無視し、先制攻撃を仕掛けたトランプ批判はどこ吹く風である。こんな媚を売る事が外交だと思っている高市を首相に祭り上げた日本人の恥さらしもいいことだ。早く首相を辞めることが日本のためにもなるし、日本の品位を保つことにもなる。本当に情けない。昨日は救援会の会合に出たが、怒りで疲れが取れない一日となった。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ876

久しぶりに、新幹線で遠出した。北九州は八幡まで。私は公共の交通機関を使っての遠出は好きだ。まず地図を広げて行先を確認する。それが済むと、電車の時刻表で旅立ちの計画を立てる。乗り継ぎがあれば、できるだけ時間的余裕をもって組み立てる。それが済むとバッグはどれにしようか、何を詰め込んで行こうか、そう考えるのも楽しい。今回は文学賞詩部門の授賞式に日帰りで出かけるわけだから、そう詰め込むものはない。そうは言っても、意外とバックは膨らみ重くなった。心配なのは病み上がりの足が私を目的地まで運んでくれるかどうかだ。しかし、無事帰りついたところを見るとさして心配もいらなかった。小倉の乗り継ぎでは、あれこれ駅員さんに尋ねたり、帰りの土産の品定めをしたりで、階段を上ったり下ったりしたが、足は私の要求にしっかり応じてくれた。身につけるものも、貞子さんと相談しながら検討し、それはそれで大変だった。着いた会場では当たり前だが、ぼくみたいな落ち武者的老人が多く、服装も心配することなくみんなよれよれだった。集まった詩人やもの書きの人たちはみんな無口。だからことばを文字にするわけだが、耳の悪い私にはこれは助かる。交流会で隣に座った社長夫人がかわいい人で、いろいろ話しかけられて困ったが、胸はときときとときめいた。というわけで無事帰りの新幹線に乗り、駅では笑顔の貞子さんが待っていてくれ、息子に土産を持っていくと、無事に帰れたねと、これまた笑顔だった。(詩愛好家) 

かっさんの自己中エッセイ875

『文化薩摩川内』が発刊された。編集・校正に携われた事務局の方々の苦労は、毎回のことながら大変なことだっただろうと思う。それに比べると、私なぞ、編集手当をもらうのも恥ずかしい限りの仕事ぶりだ。それはさておき、今号の圧巻は、『倉野の民俗芸能「奴踊り」』だろう。執筆された太田純一さまの熱量に深く感謝したい。私は幼少のころ、父の肩車からこの「奴踊り」を見た記憶があるが、怖さとともに驚きがあって、それ以来、なぜ田植えのときにこんな踊りをするのだろう、しかも遠く倉野の人がやるのに何か由来でもあるのかとずっと疑問だった。それが今回、膨大な資料とともに解き明かされ、改めてその歴史の深さを知ることにもなった。これこそ「薩摩川内の文化」である。前号には「大綱引き」のことも書かれていた。ほかにも中津川の「金吾さあ」の踊りとか、東郷の「人形浄瑠璃」の由来、歴史なども、編集委員の一人として取り上げていきたいと思っている。わが郷里の「虚無僧踊り」もそう。『文化薩摩川内』の冊子がただ単に、俳句や詩、短歌の愛好家だけのものになってはいけないし、また旧川内市に偏ったものになってもけない。俳句や詩になじまない人であってもこれを紹介したいと、野に埋もれた人を見出し、積極的に投稿できる冊子にしたいものだ。合併によって広がりと豊かな薩摩川内市となったことを踏まえ、総合的に文化を語る文芸誌にしたいもの。そういえば甑島の「トシドン」もある。(詩愛好家)

かっさんの自己中エッセイ874

「かつよしさんは金持ちだ」といったのは集落の前会長。小さいころ、「かっさんげえはぶげんしゃドンだ」と言ったのは幼なじみの親戚の子。しかし、私は、昔も今も「金持ち」ではない。大学は兄の援助と奨学金で出たし、今もそうお金があるわけでもない。金持ちと言われて、小さいころはうれしかったが、今では気持ちが暗くなって、申し訳ない気持ちになる。私は今でも財布一つ持たない。だから私のことを「金持ち」という人がいれば、その人のことを思い淋しくなるのだ。必要な品は奥さまにお願いし、連れだって買い行く。ただ思い当たるのは、昔も今も、屋敷が広かったし広いし、住む家も大きかったし大きいだけのこと。これは「物持ち」(親戚の子が言った、ぶげんしゃ)ということばに当たる。わずかな貯金もすべて、この「物持ち」のために引かれていくのが現状だ。貯金とてもガンと同じで余命いくばくもない。そんな思いでいるから、土地や家を、早く子どもたちに譲って、亡くなった両親みたいに、のほほんと生きていきたいといつも思っているが、子どもたちはそんな親の気持ちも知らないでのほんとしている。それにしても、富の不公平には腹が立つ。富裕層はますます富を蓄え、我々庶民はその日の買い物にも苦労する。分断と対立の解消とはまず、富の分断と対立こそ解消すべきではないか。お金持ちは民の貧しさをよそに武器を買い、戦争をしたがる。トランプさんはその典型だ。軍拡に力を入れるのもお金持ちの保守層だ。(詩愛好家)