全てうまくいったお葬式の話 | あいのうたのブログ

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みなさん、こんにちは。
今日も、UFOを見に行った私。もちろん、見えましたよ。宇宙人M君の話だと、UFOは富士山近辺から操作されていて、無人ということですけれど、やはりいつかは、乗ってみたいものですね〜。

わりと淋しい感じのお葬式の話が出たので、今回は、私の気功の師匠(高藤仙人ではありません)Tさんのお葬式の話です。
私の気功の師匠は、本業はプロのJAZZ、ボーカル、テナーサックス奏者でもありました。ある時ガンにかかり、容態が急変してしまった時、お見舞いに来たJAZZのお弟子さんたちと、私が鉢合わせになりました。
Tさんは、離婚なさっていたのですが、別れたお子さんたちに迷惑をかけないように、ご自分のお葬式のことなどは京都に住む親友の方(京大教授)にある程度はお任せしてあったようですし、病院関係者には、親族はいないと伝えてあったようです。
でも、私はどうしても亡くなる前に、ご家族に連絡してあげたい!と、野生の勘で、思ったのでした。
音楽関係のお弟子さんたちは、お子さんたちは大きなコンサートなどの時は、いらしていたけれど、連絡先は知らないとのことで、Tさんの住んでいた公団住宅へと私は、病院から手がかりになるものを見つけに、鍵を預り向かったのでした。

だいたい、アドレス帳って電話機の横とか、下の棚などに、ありますよね。どうやら、Tさん、隠したみたいで、ないんですよ。本棚にもないし…え〜い、と開けた引き出しは靴下…!でもあったのです。アドレス帳!直ぐに持って、病院に引き返しました。

その頃、音楽のお弟子さんが、京大教授の
Hさんに電話。Hさんは、すぐにかけつけて来ることになりました。
では、別れた奥様とお子さんたちへは、どのように連絡をしようかということになり、なんと音楽のお弟子さんの中には、お坊さんのライセンスを持っている大学の学長の方がいて、電話するのはうってつけとなり、ご家族への連絡係となってくれたのでした。

Tさんは、それから10日ほど持ち直し、ご家族(別れた奥様とご子息とお嬢さん*美人)、京都の親友Hさんとも会うことが、できました。

その間、親友Hさんは、勢力的でした。まず皇太子ご夫妻御用達の中華レストランに、音楽のお弟子さん二人、気功の弟子の私、お子さん二人を招待し、みんなが顔を合わせる機会を作り、亡くなった後、お墓が決まるまでは、小学校からの同級生のお寺に預けることをお寺と交渉、お葬式までは、葬儀社とも連絡をとり、プロデュースをして下さったたのでした。

大学の学長は、僧侶としてお経をあげることもできますし、ものすごい戒名を用意なさっていました。
「音楽院(おんらくいん)○○○○居士とい
う、実にいいものでした。別に戒名がいいからといって素晴らしい世界に行ける訳ではないけれど、センスないなあという、戒名が多いなかで、音楽院はステキだと思いました。
つづく


UFOははじめは、一基光ったりしています。