政治の劣化

 

 先の第二次世界大戦・太平洋戦争で敗れた後の我が国では、戦前の軍国主義体制から民主主義国家へと大きく舵を切り、それから間もなく八十年の歳月が過ぎようとしているが、その民主主義に基づく政治が今大きく揺らいでいる気がしてならない。

 

 今日の朝刊一面の囲み記事に、「政治の劣化 危機的状況」という見出しで、自民党の政治資金問題で揺れた今国会の状況を憂うる記事が掲載されていたが、それを読んで全く同感した。

 

政権を担当して長い自民党の政治家には、どうやら自浄能力が欠如しているようだ。この裏金問題はかなり以前からあったようにだが、それに異を唱えたと伝わる安倍晋三元首相が凶弾に倒れると、それがいつしか復活していたというから驚く。

 

 国会には政治家の法令違反を究明する機能が備わっているが、これを優先させると国会本来の機能が損なわれるために、司法がもっとしっかり機能してほしいと思う気持ちは今でも変わらない。

 

案の定、これに野党が勢いづいて、国会はこの問題優先の様相を呈していたように感じられた。こんなことになることが分かり切った話のはずだが、自民党ではそれが何で分からないのかと思うと、あまりにも情けない。

 

 政治資金規正法の審議でも、どうもすっきりしない。政治活動を活発に行えばそれなりに資金が必要になることは理解できるが、何でその使途を明確にできないか。十年先に会計報告など、そんなことは世間一般の常識と乖離も甚だしく、笑い話でしかない。速やかに明確にすべきだろう。

 

また、政党全体の政治資金額は公表されているが、大所帯の自民党に次ぐのは公金の補助を辞退しているにもかかわらず、九十数億円という共産党だ。その資金源の大半は機関誌の収入だそうだが、僅かな議員しかいない中でそれがどうのように使われているのかも気になるところだ。

 

 今回の問題で自民党に対する国民感情は最悪と言ってよいと言ってもよい状況にもかかわらず、それでもなお「政治には金が要る」と言ってはばかることなく会計の透明化には難色を示す有力政治家もいるようだ。果たして次の選挙ではそういった政治家はどうなることだろう。

 

だからと言って今の立憲民主党などに国の舵取りが任せられるかと言えば、多くの国民の指示が集まりそうにない。いくら平和ボケしていると言っても我が国の周りでは暗雲が立ち込めており、これら喫緊の課題に早急に手を付けなければならないことが山積している。

 

それにもかかわらず、党利党略に血道をあげて一向に建設的な政治ができない彼らに任せられそうにはならない。これを政治の劣化と言わずして何と言うべきか。

 

 読んでいただき、ありがとうございます。