孫Sと生野銀山「結果オーライ」
滝間歩坑道を出て太鼓橋を渡ると、妻が
「マフラーを落としたみたい」
と言って、出てきた道を戻ろうとしたので、
「俺が行ってみるわ」
と言ったところ、
彼女は
「もういいわ。他にもあるし」
と言った。
前にも少し触れたが、彼女は坑道の中が寒かったらいけないとマフラーや上着などをたくさん抱えて入っていたのだ。この日は観光客が極めて少なく、坑道の中では誰一人出会うことがなかった。後から来る人がそれを拾ってくれるという可能性は少ないと思われた。
出口の方へ向かっていると、途中に坑道の方を向いた看板があり、帰りは右側の細い通路を通るように指示されていた。その指示通りに行けば資料館の中を通るようになっているのだ。
指示に従って資料館の中に入ったが、三人とも先ずトイレに入ることになった。私はいつもの服薬のせいで腸に影響があるために日に二度か三度便意を覚えることが多く、妻は加齢に伴って小用が近くなっているが、孫Sも尿意を覚えていたようだ。
トイレを済ませて再び合流したところ、妻が
「マフラーを持って来てくれた人があったわ」
と言った。どうやら私たちの後にもここを見学した人があり、その中の一人が拾ってきてくれていたのだ。
館内の展示物は銀や金などの鉱石は見当たらなかったが、様々な種類の金属鉱石が展示されており、中には外国産の物まであった。すると妻が、
「お父さん、あの人が拾って来てくれていたのよ」
と言ったので、その人に礼を述べた。
ここには鉱石見本だけではなく様々な展示物があったが、中でも大きな白っぽい板状の岩盤に江戸時代の採掘の様子が再現された模型が目を引いた。それには坑内で生じた水の排水方法や送風の様子なども再現されていたので孫にも説明したが、果たしてどこまで理解したことだろう。
資料館を出ると土産物売り場の建物だ。銀細工などの他に地元の産物などの土産物が並んでいたが、妻は孫に何か小さな物を買って与えていた。外に出ると既に駐車場で、先ほど車を停めた反対側には「生野鉱物館」という建物が在ったので覗いてみた。
ここでは銀細工の体験ができるようになっているようで、出入り口の右手には銀鉱石などの標本が展示されており、少し二階などの展示物も観たいと思ったが、妻と孫は反対側の車の近くにいたので早々にそこを後にして帰宅することにした。
車を発進して来た時の山間の坂道を下っていくと桜並木が続いている。ここに来る時にも目を引いていたが、右手の広場脇には濃いピンクの枝垂れ桜が満開を迎えており、そこに続く広場に車を入れて少し周りを観てみることにした。
すると、江戸時代にはこの辺りに番所が置かれており、鉱山で働いていた者が鉱物などを持ち出さないように監視していたようだ。今はその説明版があるだけでそれを物語るものは何も無いが、両側の山合の道を下って急に開けた場所なので、「なるほど」と納得した。
車の中で妻がSと話をしており、
「Sちゃん、どう? 面白かった?」
「うん。おもしろかったよ」
この会話を耳にして
「そうか。良かったな」
と言ったところ、彼は
「何が良かったの?」
と尋ねた。
「S君が『面白かった』って言っているから、おじいちゃんは『良かったなぁ』って思ったんだよ」
ここへ来るまでは「家に帰りたい」と駄々をこねていたが、生野銀山に着いた頃から全くそんなことは言わなくなっていた。彼はこれまで見たこともない物に触れて彼の知識欲が目覚めていたようだったが、やがて車の中ぐっすりと眠ってしまっていた。
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