2023/4/15~4/17投稿


この薬草園は、縮景園の歴史に基づき。東京小石川薬草園の協力により昭和40年代に復元したものだそうです。(*^^*)


広島県教育委員会発行「縮景園史」によると、1663(寛文3)年京都の儒者・黒川道祐編集の「芸備国郡志」に『薬草園があって救急に備えている』と記述してあるそうです。


上田宗箇が縮景園を築庭したころからあったかも知れないですね。(^o^)


薬草園といえば、佐賀市大和町にある『薬用植物園』や……(*^^*)


鳥栖市にある『中冨くすり博物館』の薬草園を思いだします。(^o^)


はるか中国から不老不死の薬草を求めて来られた『徐福』さん。(*^^*)


秦の始皇帝の頃のお話ですが、漢方の基本は薬草ですから、先人の知恵は侮れないですね。


ちょっと桜も咲き始めましたかね。(^o^)


いろんな四季の花を楽しめる『縮景園』、歩くのが楽しいですね。\(^o^)/


藁巻きしてありますね。(*^^*)


『原爆慰霊碑』がありました。(´・ω・`)


どうしても慰霊碑の前では手を合わさずにはいられませんね。



薬草園から京橋川沿いに歩いて、『祺福山』に着きました。(*^^*)






祺福山にはかつて,稲荷神社(泉邸稲荷)が建立され,領内の平穏と子孫繁栄が祈願されていました。(*^^*)


神社は原爆で燃えてしまい,現在,御神体は川向こうの饒津神社内に祀られています。(^o^)


池の真ん中に気になる石の橋がありますね。


こちらの池は『濯纓池(たくえいち)』というそうです。(^o^)


面積8,020m2×平均水深1m。敷地の20%を占める。(*^^*)


濯纓池と呼ばれる池に『跨虹橋』によって東西に二分、その池を基準に北・東・西に小山を築き宗箇山・二葉山・弥山などの借景としている。



濯纓池を横断する跨虹橋の横を通って、オレンジの○の辺りに着きました。(*^^*)


こちらは『清風館』というそうです。(^o^)






ここの梅も立派でございますね。\(^o^)/


木の橋がかかっています。鯉が泳いでますね。


ここは『流川(ながれがわ)』というそうです。流川楓を思い浮かべますね、スラムダンクマニアとしては……。


大きな石灯籠がありました。\(^o^)/


『楊貴妃型石灯籠』というそうです。(^o^)


赤い太鼓橋をわたります。\(^o^)/


ちょっと休憩出来るスペースみたいです。(^^)


『超然居(ちょうぜんきょ)』と言うそうです。勝手にサンシャイン池崎を思い浮かべちゃいました。……続く