現存する最古の記録では、1689年の『球陽』には村獅子について言及されており、火災を防ぐために八重瀬嶽に向けて置かれたと記されている。 (^^)ρ(^^)ノ


現存する最古にして最大といわれるシーサー(村獅子)は八重瀬町(旧・東風平町)富盛地区にある富盛のシーサーで、沖縄県指定有形文化財に指定されている。\(゜ロ\)(/ロ゜)/



その高さは1.4メートルほど、全長は1.75メートルという。\(^_^)/



表面には複数の穴が開いているのが確認できるが、これは次のような歴史によるものである。



このあたりは第二次世界大戦における1945年の沖縄戦では地上戦の舞台のひとつとなった。


ガハハシーサーさんとツーショットです。(^^)


旧日本軍は八重瀬岳に陣地を設置、対するアメリカ軍が、八重瀬岳に向かって建つこのシーサーを弾除けにして日本軍の様子をうかがう写真が残されている。



シーサーの表面の穴は、この戦争で穿たれた弾痕であった。(^^)ρ(^^)ノ



シーサーの周囲の風景は戦後の植林によって木立に姿を変えたが、このシーサーは今も変わらず建っている。\(^_^)/


戦後から半世紀、弾痕は大分薄くなってきたようである。(^∇^)



なお、村獅子を除けば、王陵(浦添市)にある大石棺の屋根と台座に刻まれた獅子などのように、さらに古いものもある。(^^)ρ(^^)ノ


それではそろそろ石垣島シーサー農園をあとにし、石垣島空港に向かいます。.......続く