住吉神社の社殿は、戦国時代に戦火に遭っています。1673年に、当時の第五代肥後藩主であった細川綱利が社殿を再建しています。以降、肥後三大社として細川家代々の崇拝を受けています。


肥後三大社というのは、江戸時代に細川氏が特に評した肥後国内の三社です。八幡、祇園、住吉と日本を代表する、3つの信仰の神社を指します。



細川家第6代、細川宣紀が参勤交代の際、長州周防灘を航海中、暴風雨により遭難しています。


しかし、住吉神社の神助があり、生き延びたと考えられました。


1724年には、このお礼として住吉神社に、高灯籠を寄進しています。


航海安全を図るために造られた、日本最古の灯台といわれています。現在の住吉灯台の前身です。


後に住吉灯台が完成したのは、1933年(昭和8年)のことでした。


このあたりは、有明海から緑川を通り、熊本へ入る玄関口で、海上航路の要衝です。


高灯籠は、藩から支給されるごま油を燃料としていました。


廃藩置県後は、ごま油の支給が途絶えて灯りは消えてしまいました。(*^^*)


今度こそ住吉海岸公園に向かいます。……続く