5日目

 

※ このブログは、娘の目線で遠く離れた関西で一人暮らす母親を遠距離カメラで見守る日記です。介護は初心者、体験には個人差があります照れ

 

 

”見守りカメラ”で介護前(プロローグ)

 

2019年にさかのぼり・・

それまで、関西に住む両親は、老いた2人で住む、いわゆる「老々介護」。

今の日本にはたくさんいらっしゃいますよね、同じ境遇。

両親は、年は86歳。父は身体も頭もまだ大丈夫でしたが、歩く歩幅は小さく、耳が聞こえにくい(40代に突発性難聴)、母は身体は健康でしたが、この3年ほど前から認知症気味の疑い・・

 

 

その状況が決してベストではなかったのですが、かといってすぐになにか対策を打つこともなく(←今思えば、ケアマネを探し相談するのもありでしたが、もっと大変な方もいらっしゃるのでケアの介入の優先度は低かったと思います

 

両親が70代に、東京に引っ越さないかと声かけましたが、住み慣れた土地にいたいというし(←今思えば、70代の健康なうちに、呼び寄せる「資金」と「覚悟」があれば、遠距離介護は避けられました

 

 

帰省した際、あれ、冷蔵庫にカレーのルーの箱が10箱も、顔つきはぼーっとしてるし、たまに、父に攻撃的になる・・

父曰く、そんなに気にせんでええということでしたが、毎日、バイクでスーパーの買い出しに出かけていた母の外出の回数も減り、家にこもっているように見える

 

今思えば、外出先でなにか嫌な思いをしたのだろうと推測します

 

母親は、その時、自身が一番不安で不安定ガーンだったのでしょう

血圧が上がり、不眠ぎみに。夜にふらふらしたり気分が悪くなり救急車を呼んだこともあったようです。そして、一番困ったのは、母が薬の管理ができなかったこと(覚えていられない)

 

医者に処方してもらった、血圧の薬や睡眠の薬を飲んだことを忘れ、夜は30分置きにゾンビのように父の部屋を訪問、眠れないと薬の催促。父親にはこれがこたえました

 

同じ説明を何度もしないといけないし、睡眠不足になるしでイライラ。薬のカレンダーやケース等も利用したけれど無駄。それでも、ギリギリまで弱音を吐かず老々介護生活を仕事のようにきっちり管理。サラリーマン時代、父は品質管理部の管理職だったんですーラブ

 

この頃からケアマネさんに入ってもらい、サポートもしていただきましたが(お弁当の宅配を毎日頼むとか、父の相談相手になる等)、救急車を呼んだり、事件が起こるのはいつも夜。父のか細い片腕に2人の生活と運命がかかっていました

 

(←今、思えば、介護する側の父に寄り添うのが最優先びっくりでした。そして、母の状態を嘆くではなく、自信をつけたり安心して暮らせるようにサポートできればよかったです。が、初の介護の知識不足で、家族も不安、不満、心配で右往左往。お母さんちゃんとしてとか言ってみたり、脳トレの本を読ませたり、典型的なパターン。今なら違うアプローチができ、介護前の心の持ち方や事前に準備することは紹介できます)

 

さて、みなさん、ここで、事前にこれやっといた方がいいよー、考えておいた方がいいよーと、これから介護にぶつかる人に教えて上げれる人はコメント欄へ

私も知りたいです

 

あくまでも個人の意見として尊重しますので、気軽にお書きください照れ

 

 

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