大平首相に学ぶべきこと②→「日本国民は話せば、必ずわかってくれるはずだ」
秘書です。
国民は最後は必ず分かってくれる
という信頼こそ、大平首相に学ぶべきこと。 大平首相はただの「増税男」ではありません。
ただし、不人気は当然のことだ。だけどそれは、根気よく説明をして国民に分かってもらう、それ
が政治なのだ、それを敢えてやるのが真のステーツマンだ、というまったく大平さん本来の真摯な、
ある意味では愚直な考え方から出てきた。そして国民は最後には必ず分かってくれる、という民意の
賢明さに対する信頼が、大平さんには強くあったと思います。しかし、これは政治的な戦術から考え
たらずいぶん危険であり、特に選挙前には決してとるべきでないということでしょう、だから党内は
殆どみんな反対しますよね。そうであればいよいよ自分がやらなくて誰がやると、一層そう考えるよ
うになった。まして、総理という国政の最高責任者としたら、国民にもっとも不人気なことでも、自
分の責任でお願いしなけりゃならない、ということではなかったでしょうか。
小粥 正巳「健全財政へのこだわり」
『去華就實 聞き書き・大平正芳』
平成12(2000)年6月12日発行
編集 大平正芳記念財団
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
・・・
総理が急逝される直前の入院中に身近な人に語られた言葉として、「ただ、もう少し何とかならなかっ
たかと思うのは、財政再建と円為替の問題だ。財政再建策としての一般消費税については国民に反対されたが、日本国民は話せば、必ずわかってくれるはずだ。行政整理など歳出面の合理化が進めば、必ず増税についても理解してくれるようになるだろう。」とある。
・・・
小粥正巳、冨沢宏「大平総理の財政思想」
大平正芳 政治的遺産
1994(平成6)年6月10日発行
監修者 公文俊平・香山健一・佐藤誠三郎
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
・・・
解散を目前に控え大平首相は、「国民が好まないことでも、やらねばならないときがある。それが政治というものだ」と側近に洩らしたが、その心中には、「理を尽くして説得すれば国民は解ってくれる」という信念のようなものが見られた。
選挙ではこの問題を避け、選挙後に新たな負担を求めることを持ち出すというやり方は、国民との間の信頼と合意を裏切ることになると大平は考えていたのである。
・・・十三日には、三木武夫元首相が、「増税の独断専行は困る」と首相を批判した。
大平首相は、この頃からさすがに発言に慎重になり、増税内閣批判に必死の説得をしようと試みた。しかし、首相自身、五十九年度に赤字国債の発行をなくす目標が大型増税なしに達成できるかという点については、それが可能だとは考えていなかったと思われる。首相は、行政改革の困難さとその財政的限界を知りつくしており、切って切って、なお足らざる時は、国民に新たな負担をお願いせざるをえないと思っていた。それが、新聞にも反映し、各紙は、大平首相が増税を強調していると報じた。国民の目には、首相と自民党首脳の間の意見の違いが自民党の動揺と映った。当然のこととして、野党はこの点をついた。赤字国債の発行、財政危機は、政府の財政政策の失敗の結果だという論も横行した。
この頃には自民党の候補者自身が、増税反対、一般消費税反対を聴衆に訴えていた。
大平首相は、「財政再建の必要を国民に説くのが自民党の候補者の任務ではないか」と苦虫をみつぶしたような顔をしたが、もはや強行は無理と考えるようになり、九月十七日の全国遊説第一声を上野駅であげるときには、一般消費税にこだわらないことを明言した。
「政府と党は、こうしたもろもろの事情を十分に考慮のうえ、来年度予算編成までに皆さまのご納得のいく結論を得たいと思います。問題は、財政の再建であり、インフレの防止であります。他の手だてによってそれが可能であるならば、一般消費税の導入にこだわる必要は毛頭ありません。」
十八日には、札幌で、「予算編成までに納得のいく結論を出す。信頼していただきたい」と語った。
一方、公費の無駄遣いに対する批判は、連日のように新聞の紙面を賑わせた。公務員の省庁間の供応も問題となった。
財政再建にはまず政府自身の綱紀弛緩の回復と反省が先決であり、ますます増税が受け入れられる空気ではなくなって行った。
九月二十四日、都内で遊説した大平首相は、ついに一般消費税の導入を当面断念することを明らかにした。
「一般消費税は、財政再建の手だてとして検討してきたのは事実だ。しかし、仕組みや構造上に問題があるばかりでなく、物価政策や経済政策上で採用することに厳しい反対があることも承知している。経済状況からどうしても導入に踏み切れないとする事情は理解できる。全国的に強い反対がひしひしと攻め寄せている。国民の理解と協力を得ず、いまのような状態でいきなり導入しても成功できる筈はない。一般消費税を採用するとは、政府も自民党も一度も言っていない。増税とりわけ一般消費税を導入しなくても財政再建できる手だてを一生懸命考えているところだ。理解と協力が得られないまま軽々に導入し、増税をこととする軽率なことはしない。」
大蔵省とも一切相談せずに行われた首相一人の決断であった。その後の遊説先での記者会見でも、首相は断念の意志を確認した。これに対し、野党はいっせいに「増税かくし」と批判した。
選挙の終盤、首相の断念発言に不満と落胆を感じていた大蔵省幹部に対して、大平首相は私邸で、「もうこれで、一般消費税をこのままでは、当分出せないな。それにしても小手先細工をやりすぎたな。もっと単純な構造にしておくべきだったかもしれんな」とつぶやいた。
・・・
「『大平正芳回想録 伝記編』第7部・信頼と合意」より
昭和58(1982)年6月12日発行
編集者 大平正芳回想録刊行会
発行者 河相全次郎
発行所 鹿島出版会
→大平さんはたんなる増税男ではありません。
・・・
正芳が、「職分社会と同業組合」と題する卒業論文の執筆に着手したのは、高等文官試験が終わり、大蔵省入省も内定して、しばらくしてのことである。「国家試験を終へてからの十月、十一月は気分の弛緩とテーマのとり方に煩はされて従らに低迷を続け少しも捗らなかった。十二月に入って漸く倉皇として起草した」と、彼は論文の「小序」の末尾に記している。
卒論の内容は、トーニーの『獲得社会』(The Acquisitive Society, 1921)を中世の聖トマス・アクィナスの政治経済哲学の現代版と見、自由競争も階級闘争も、ともに社会を混乱に陥れている現在、この対立を止揚せる全体、分裂を克服する統一、闘争を超えた調和が要望されるのは、歴史の必然の歩みであるとし、同時に、現実的な関心として、当時、世界各国で進展しつつあった産業統制の動向に着眼して、同業組合を国家と個人とを媒体する組織としてとらえる見方を打ち出したものである。
・・・
『大平正芳 人と思想』
1990(平成2)年6月12日発行
監修者 公文俊平・香山健一・佐藤誠三郎
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
→最後に、大平さんの「永遠の今」論。
・・・
普通、時間というものは、水の流れのように、過去から現在へ、現在から未来へと、直
線的に進行するもののように理解されている。ところが、先生によると時間というものは、
いつも現在であって、その永遠の現在こそは、常に未来を志向する力と過去に執着する引
力との二つの相反した方向に働く力の緊張した相剋とバランスの中にあるといわれるので
ある。
・・・
未来と過去との相反した方向に働く力の相剋の上にあるのだから、過去的な引力を無視し
て未来をのみ志向することは、いわゆる革命となり、未来に目を蔽い、過去にのみ執着す
ることは、いわゆる反動となる。その何れもが正しい歴史的実践とはいえないというのが
先生の教えられたことであるように思う。
歴史的な現実というものがそういうものであるならば、その現在という「永遠の今」を、
真剣な実践で埋めて行ったならば、われわれは一体どこに辿りつくことになるのであろう
か。
・・・
今日の状況はなるほど大きい戦争が火を吹いてはいない、といってスッキリした平和の状
態でもない。強い信頼の基盤もないが、そうかといって糸の切れたたこのような全くの混
沌でもない。いわば灰色のどんよりした不安定な状況である。しかし、この現実こそは、
われわれにとっては唯一無二のもので、かけがえのないものである。神が無限の可能性の
中から、われわれに与えてくれた唯一無二の贈物であるとは考えられないものだろうか。
われわれはこの現実を大切にして、先ずこの状態より若干でも後退することがないよう、
用心深く備えるところがなければならない。他方において、少しでも改善の道がないもの
かと、真剣に模索するところがなければならない。それ以外に分別らしい分別はなさそう
に思う。
(昭和四五・四・八)
私の履歴書
昭和53(1978)年7月10日発行
著者 大平正芳
発行者 黒川洸
発行所 日本経済新聞社
国民は最後は必ず分かってくれる
という信頼こそ、大平首相に学ぶべきこと。 大平首相はただの「増税男」ではありません。
ただし、不人気は当然のことだ。だけどそれは、根気よく説明をして国民に分かってもらう、それ
が政治なのだ、それを敢えてやるのが真のステーツマンだ、というまったく大平さん本来の真摯な、
ある意味では愚直な考え方から出てきた。そして国民は最後には必ず分かってくれる、という民意の
賢明さに対する信頼が、大平さんには強くあったと思います。しかし、これは政治的な戦術から考え
たらずいぶん危険であり、特に選挙前には決してとるべきでないということでしょう、だから党内は
殆どみんな反対しますよね。そうであればいよいよ自分がやらなくて誰がやると、一層そう考えるよ
うになった。まして、総理という国政の最高責任者としたら、国民にもっとも不人気なことでも、自
分の責任でお願いしなけりゃならない、ということではなかったでしょうか。
小粥 正巳「健全財政へのこだわり」
『去華就實 聞き書き・大平正芳』
平成12(2000)年6月12日発行
編集 大平正芳記念財団
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
・・・
総理が急逝される直前の入院中に身近な人に語られた言葉として、「ただ、もう少し何とかならなかっ
たかと思うのは、財政再建と円為替の問題だ。財政再建策としての一般消費税については国民に反対されたが、日本国民は話せば、必ずわかってくれるはずだ。行政整理など歳出面の合理化が進めば、必ず増税についても理解してくれるようになるだろう。」とある。
・・・
小粥正巳、冨沢宏「大平総理の財政思想」
大平正芳 政治的遺産
1994(平成6)年6月10日発行
監修者 公文俊平・香山健一・佐藤誠三郎
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
・・・
解散を目前に控え大平首相は、「国民が好まないことでも、やらねばならないときがある。それが政治というものだ」と側近に洩らしたが、その心中には、「理を尽くして説得すれば国民は解ってくれる」という信念のようなものが見られた。
選挙ではこの問題を避け、選挙後に新たな負担を求めることを持ち出すというやり方は、国民との間の信頼と合意を裏切ることになると大平は考えていたのである。
・・・十三日には、三木武夫元首相が、「増税の独断専行は困る」と首相を批判した。
大平首相は、この頃からさすがに発言に慎重になり、増税内閣批判に必死の説得をしようと試みた。しかし、首相自身、五十九年度に赤字国債の発行をなくす目標が大型増税なしに達成できるかという点については、それが可能だとは考えていなかったと思われる。首相は、行政改革の困難さとその財政的限界を知りつくしており、切って切って、なお足らざる時は、国民に新たな負担をお願いせざるをえないと思っていた。それが、新聞にも反映し、各紙は、大平首相が増税を強調していると報じた。国民の目には、首相と自民党首脳の間の意見の違いが自民党の動揺と映った。当然のこととして、野党はこの点をついた。赤字国債の発行、財政危機は、政府の財政政策の失敗の結果だという論も横行した。
この頃には自民党の候補者自身が、増税反対、一般消費税反対を聴衆に訴えていた。
大平首相は、「財政再建の必要を国民に説くのが自民党の候補者の任務ではないか」と苦虫をみつぶしたような顔をしたが、もはや強行は無理と考えるようになり、九月十七日の全国遊説第一声を上野駅であげるときには、一般消費税にこだわらないことを明言した。
「政府と党は、こうしたもろもろの事情を十分に考慮のうえ、来年度予算編成までに皆さまのご納得のいく結論を得たいと思います。問題は、財政の再建であり、インフレの防止であります。他の手だてによってそれが可能であるならば、一般消費税の導入にこだわる必要は毛頭ありません。」
十八日には、札幌で、「予算編成までに納得のいく結論を出す。信頼していただきたい」と語った。
一方、公費の無駄遣いに対する批判は、連日のように新聞の紙面を賑わせた。公務員の省庁間の供応も問題となった。
財政再建にはまず政府自身の綱紀弛緩の回復と反省が先決であり、ますます増税が受け入れられる空気ではなくなって行った。
九月二十四日、都内で遊説した大平首相は、ついに一般消費税の導入を当面断念することを明らかにした。
「一般消費税は、財政再建の手だてとして検討してきたのは事実だ。しかし、仕組みや構造上に問題があるばかりでなく、物価政策や経済政策上で採用することに厳しい反対があることも承知している。経済状況からどうしても導入に踏み切れないとする事情は理解できる。全国的に強い反対がひしひしと攻め寄せている。国民の理解と協力を得ず、いまのような状態でいきなり導入しても成功できる筈はない。一般消費税を採用するとは、政府も自民党も一度も言っていない。増税とりわけ一般消費税を導入しなくても財政再建できる手だてを一生懸命考えているところだ。理解と協力が得られないまま軽々に導入し、増税をこととする軽率なことはしない。」
大蔵省とも一切相談せずに行われた首相一人の決断であった。その後の遊説先での記者会見でも、首相は断念の意志を確認した。これに対し、野党はいっせいに「増税かくし」と批判した。
選挙の終盤、首相の断念発言に不満と落胆を感じていた大蔵省幹部に対して、大平首相は私邸で、「もうこれで、一般消費税をこのままでは、当分出せないな。それにしても小手先細工をやりすぎたな。もっと単純な構造にしておくべきだったかもしれんな」とつぶやいた。
・・・
「『大平正芳回想録 伝記編』第7部・信頼と合意」より
昭和58(1982)年6月12日発行
編集者 大平正芳回想録刊行会
発行者 河相全次郎
発行所 鹿島出版会
→大平さんはたんなる増税男ではありません。
・・・
正芳が、「職分社会と同業組合」と題する卒業論文の執筆に着手したのは、高等文官試験が終わり、大蔵省入省も内定して、しばらくしてのことである。「国家試験を終へてからの十月、十一月は気分の弛緩とテーマのとり方に煩はされて従らに低迷を続け少しも捗らなかった。十二月に入って漸く倉皇として起草した」と、彼は論文の「小序」の末尾に記している。
卒論の内容は、トーニーの『獲得社会』(The Acquisitive Society, 1921)を中世の聖トマス・アクィナスの政治経済哲学の現代版と見、自由競争も階級闘争も、ともに社会を混乱に陥れている現在、この対立を止揚せる全体、分裂を克服する統一、闘争を超えた調和が要望されるのは、歴史の必然の歩みであるとし、同時に、現実的な関心として、当時、世界各国で進展しつつあった産業統制の動向に着眼して、同業組合を国家と個人とを媒体する組織としてとらえる見方を打ち出したものである。
・・・
『大平正芳 人と思想』
1990(平成2)年6月12日発行
監修者 公文俊平・香山健一・佐藤誠三郎
発行者 大平裕
発行所 財団法人 大平正芳記念財団
→最後に、大平さんの「永遠の今」論。
・・・
普通、時間というものは、水の流れのように、過去から現在へ、現在から未来へと、直
線的に進行するもののように理解されている。ところが、先生によると時間というものは、
いつも現在であって、その永遠の現在こそは、常に未来を志向する力と過去に執着する引
力との二つの相反した方向に働く力の緊張した相剋とバランスの中にあるといわれるので
ある。
・・・
未来と過去との相反した方向に働く力の相剋の上にあるのだから、過去的な引力を無視し
て未来をのみ志向することは、いわゆる革命となり、未来に目を蔽い、過去にのみ執着す
ることは、いわゆる反動となる。その何れもが正しい歴史的実践とはいえないというのが
先生の教えられたことであるように思う。
歴史的な現実というものがそういうものであるならば、その現在という「永遠の今」を、
真剣な実践で埋めて行ったならば、われわれは一体どこに辿りつくことになるのであろう
か。
・・・
今日の状況はなるほど大きい戦争が火を吹いてはいない、といってスッキリした平和の状
態でもない。強い信頼の基盤もないが、そうかといって糸の切れたたこのような全くの混
沌でもない。いわば灰色のどんよりした不安定な状況である。しかし、この現実こそは、
われわれにとっては唯一無二のもので、かけがえのないものである。神が無限の可能性の
中から、われわれに与えてくれた唯一無二の贈物であるとは考えられないものだろうか。
われわれはこの現実を大切にして、先ずこの状態より若干でも後退することがないよう、
用心深く備えるところがなければならない。他方において、少しでも改善の道がないもの
かと、真剣に模索するところがなければならない。それ以外に分別らしい分別はなさそう
に思う。
(昭和四五・四・八)
私の履歴書
昭和53(1978)年7月10日発行
著者 大平正芳
発行者 黒川洸
発行所 日本経済新聞社