「助け合いに喜びを感じる彼らの姿に、心を打たれた」(セシリア亜美 北島さん) | 中川秀直オフィシャルブログ「志士の目」by Ameba

「助け合いに喜びを感じる彼らの姿に、心を打たれた」(セシリア亜美 北島さん)

秘書です。

今日の読売新聞の地域面「くろーずあっぷ」に、東日本大震災の被災V日、宮城県多賀城市と石巻市でボランティア活動を行うミャンマー人95人のドキュメンタリー映画『すぐそばにいたTOMODACHI』のことが書いてありました。

「助け合いに喜びを感じる彼らの姿に、心を打たれた」(セシリア亜美 北島さん)

「自分の親戚の家を掃除する気持ちだった」
「日本は第二の故郷なので」

下記はこの映画についての、これまでのニュース報道です。



被災地支援のミャンマー難民を映画に、横浜・北島さんの作品上映へ/神奈川 
2011年9月24日 神奈川新聞
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1109240013/
 世界の優れた映画を集めて10月に開かれるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)難民映画祭と山形国際ドキュメンタリー映画祭で、横浜市緑区のセシリア亜美・北島さん(37)の作品が上映される。東日本大震災の被災地を支援するミャンマー(ビルマ)難民の姿を描いたドキュメンタリーで、タイトルは「すぐそばにいたTOMODACHI」。心豊かな“隣人”たちに目を向けてほしい―。そんなメッセージが込められている。

 「これで(ミャンマー政府の)ブラックリストに載りましたね」。上映決定後、周囲からそう言われた。民主化運動を取り上げたことで、今後ミャンマーに入国できなくなる可能性があるという。だが「ビルマを訪れて、(民主化運動指導者の)アウン・サン・スーチーさんや政府の人たちにも見てもらいたい」というのが願いだ。

 作品は、6年前に来日した20代のミャンマー人女性を軸に進む。中華料理店でのアルバイトとデモ活動に明け暮れる日々。その姿を3年間追い続け、母国の民主化を願う気持ちや故郷に残した母親への思いを収めた。多くの在日ミャンマー人や支援者にもカメラを向け、日本の「難民鎖国」ぶりも浮き彫りにする。

 「ビルマの人々は明るく悲愴感を感じさせない。厳しい境遇を映像で伝えるのが難しかった」。そう振り返るほど今では打ち解けたが、当初は顔を出して撮影に応じてくれる人を見つけることさえ難しかった。「民主化運動への参加を政府に知られれば、母国に残る家族にも危険が及んでしまう」。少しずつ信頼関係を築き、在日ミャンマー人の素顔を撮り続けた。

 デモ活動にも何度も飛び込み、カメラを回した。「彼らは日本人に向けて日本語で、民主化運動への理解を求める。かつての自分は、恐らく通り過ぎただけだったと思う」。いかに彼らの存在に無関心であったか、撮影は自身や日本社会を顧みる機会でもあった。

 そんな時、大震災が起きた。被災者の役に立ちたいと、在日ミャンマー人ら95人が行った清掃ボランティアや炊き出しに同行取材。米軍による被災地支援は「トモダチ作戦」と呼ばれ、海外からの支援も大きく報道された。だが「日本国内にもこんなに多くの“友達”がいる」。タイトルに込めた思いだ。

 支援はその後も続く。「困った人がいれば手を差し伸べる。彼らの姿から、日常の中で私たち日本人が忘れかけた何かを感じてもらえれば」と話している。

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