全能の幻想 | 中川秀直オフィシャルブログ「志士の目」by Ameba

全能の幻想

秘書です。「全能の幻想」「無謬性神話」こそ革新の証。つまり、保守が最も攻撃すべき点です。この革新の姿勢こそが「無責任」「隠ぺい」の政治を生みますから。

■時代の風:「坂の上の雲」の日本=防衛大学校長・五百旗頭真
◇「回天の偉業」に酔うな--五百旗頭真(いおきべ・まこと)

(12月6日 毎日新聞)

 青い空に白い雲がふんわり浮かぶ。その明るい情景に心なごみ、引き寄せられてまた坂を上る。きつかったが幸せな日々でもあった。「坂の上の雲」の時代である。

 幸せな日々であったのは、小さな地域での個人の努力が明治国家の浮上と結びついていた点にあろう。松山の片隅で「貧乏がいやなら、勉強をおし」と少年にささやく者がいる。勉強をすれば身を立てることができ、それが新興国の形成を支える。大学を出ても、博士号をとっても職にありつけない者がそこここにいる今日とは異なる。労苦は大きかったが明るいロマンが漂っていた。

 個々人は、自分の日々の宿題と仕事に夢中であったが、明治国家全体は坂を上り続け、いつしか世界史的偉業を成し遂げる。近代西洋文明をこなすという大事である。

 それは容易なことではなかった。西洋文明は格段に強大な文明であり、人類史上はじめての世界文明であった。それまでの諸文明が人力や馬力で動いたのに対し、産業革命以後の西洋文明は、動力をもって地上を走り、海上を走った。はじめて地球を広しとしない文明が登場したのである。

 西洋文明の諸国は19世紀に地球上の主人公となった。非西洋社会とは全く別格の強大さを誇り、世界中の非西洋社会を破壊し植民地とすることができた。古来、日本が文明の父母と仰いだ「唐(から)・天竺(てんじく)」のうち、天竺(インド)はすでにイギリスの植民地であり、唐(中国)もアヘン戦争にあっけなく敗れた。その沖合の小さな島国である日本が西洋列強のどこかに支配されて不思議でない19世紀中ごろの世界であった。

 ところが、この小さな島国が世界史の流れを覆した。黒船来航後50年にして軍事大国ロシアに勝利し、西洋列強と並び立つ近代国家に成長したのである。非西洋社会からはじめて世界政治の主体が登場した。それは「西洋のみの世界史」を「世界の世界史」に転換する人類史的偉業であった。松山の片隅の3人の少年がこの偉業の担い手となる不思議が「坂の上の雲」のロマンである。

 ところで、なぜ日本だけが非西洋社会の中から近代化に成功し浮上できたのか。「唐・天竺」にもできなかったことが、なぜ小さな島国にできたのか

 私見では、日本が外部文明に対応する経験を過去に持っていたことが大きい。中国文明をこなした体験が7世紀にあった。

 663年、大和王朝は2万7000の大軍を朝鮮半島に繰り出し、唐・新羅の連合軍に白村江で完敗した。圧勝した唐・新羅の連合軍が来攻することが憂慮された。大和は存亡の機にあった。

 その時、大和は二つの方途をもって対応した。一方で、大宰府に水城・山城を築き、瀬戸内から生駒山まで城塞(じょうさい)を設け、狼煙(のろし)の通信システムを構築するなど、懸命の防衛努力を行った。他方で、大和は敗戦から唐文明の卓越を認識し、猛然と唐文明に学んだ

 半世紀後に律令国家の首都・平城京を完成したことは、当時の世界最高水準にあった唐文明を日本がこなしたことを象徴する事績であった。敗戦後の50年は大いなる躍進期であった。

 そのDNAがこの国には生き続けているのであろう。近代西洋文明が襲来した時、同じ型をもってそれをこなしたのである。一方で、攘夷(じょうい)派に見るように激しい民族的プライドをもって外部勢力を排除しようとした。他方、幕府も明治政府も西洋文明の卓越を認識し、大いに学んで近代化改革を推進し、50年で西洋の軍事大国に勝利したのである。

 近代化改革路線の確立にとって、明治6年の政変が重要であった。明治政府が征韓論を決定したことを岩倉使節団に加わって欧州にあった大久保利通は聞き、帰国してこれを覆した。

 世界的に見て、国内の旧体制を打ち破る革命に成功した政権は、しばしば全能の幻想に陥り、何でもできると思い込んで愚行に走る。国内で回天の偉業ができたことに陶酔し、世界をも変えられると思い込む

 大久保は征韓論に反対する意見書の中で、今隣国との戦争に入れば、列強が日韓両国の死闘の後、漁夫の利を得て支配を確立する危険性が高まると警告した。近代西洋社会を見た大久保には国内でなすべき改革が山のようにあることが分かる。大久保は政変を敢行し、維新革命後に対外戦争にふけるのではなく、国内の近代化改革に全力を注ぐ路線を樹立した。攘夷の魂を爆発させる段階から、近代化のための地道な仕事を一つ一つこなしていくべき段階に移行したのである。それを成し得たからこそ、今日の日本がある

 今、民主党は国民の圧倒的な支持を受けて回天の偉業=政権交代を成し遂げた。その感動の中で、外交、安全保障も国内の思い通りに動かせるとの幻想に陥っていないだろうか。国内の支持と国際的利害は基本的に別物である。日本の安全に不可欠な日米同盟を丁寧に扱う冷静さを期待したい

(獅子16)鳩山民主党政権では、内政をみる限り、「回天の偉業をなしとげた」ことからくる「全能の幻想」と、「地道な仕事を一つ一つこなしていく」霞が関官僚主流の「無謬性神話」が最初から合体してスタートしているのではないかと思われます。明治維新でも、士族の一部は藩閥政治を形成し、一部はこれに反対して乱をおこす。ロシア革命でも、理想に燃えたオールドボルシェビキは排除されていく。そしていま、政府中枢では過去官僚が跋扈し、党では着々と陳情一元化で新しい権力構造、新しい秩序がつくられる。この新しい権力構造をカムフラージュするように、事業仕分けで「古い士族」の一部が見せしめとなる。たぶん、そのうち、夢見るロマンチストも排除されていくでしょう。大久保利通を尊敬する政治家が絵をかいているわけですから。