(こんな国に)民主党の国家ビジョン、中長期の経済ビジョンは何か | 中川秀直オフィシャルブログ「志士の目」by Ameba

(こんな国に)民主党の国家ビジョン、中長期の経済ビジョンは何か

自民党は、道州制の問題や安保政策の点で、「こんな国に」という方向性を示している。民主党はどうか。

マニフェストについて、4年間の数値目標にこだわる議論がある。実はこのことが「こんな国に」という国家ビジョンぬきに選挙をすることを許す一つの要因になっている。

マニフェストの最低限の条件といわれているものに、国家ビジョンがない。また、中長期のマクロ経済ビジョンもない。あるのは4年間の数値目標だけだ。このことについて識者からの指摘があることを歓迎したい。

民主党は、子供手当と高速道路無料化の先にどんな国家ビジョン、中長期の経済ビジョンがあるのだろうか。(8月1日記)


(参照記事)毎日新聞「近聞遠見」岩見隆夫氏の「『こんな国に』が欠けている」

「8月。政治決戦の夏、いよいよ本番だ。お盆も忘れてしまう動乱の8月は、33年ぶりになる。あの夏、ロッキード事件で日本中がひっくり返っていた。この国はどこに行ってしまうのか。初めての<首相の犯罪>にがくぜんとしたのだったが、今年は初めての<首相の選択>だ。政治腐敗も手に負えないが、選択はもっと難しい。

各党のマニフェスト(政権公約)がほぼそろった。この国をどうする。細かな約束も大切だが、次の主要6党のキャッチフレーズに注目する。▽日本を守る、責任力(自民党)▽政権交代―国民の生活が第一(民主党)▽生活を守り抜く(公明党)▽「国民が主人公」の新しい日本をめざす(共産党)▽生活再建(社民党)▽輝け日本!(国民新党)。

登場する言葉の回数が日本3、生活3、国民2、つまり似ている。キャッチフレーズが魅力的かどうかは、わかりやすいだけでなく、人を引きつける迫力がほしいが、それが乏しい。6党とも政党側の決意表明に終わっていて、肝心の<こんな国に>が欠落しているから引きつけないのだ。

ある論戦シーンが印象に残っている。01年5月14日の衆院予算委。質問者の麻生太郎自民党政調会長が、就任ほやほやの小泉純一郎首相に問いかけた。『総理は日本を変えるという、その変える国はどのような国を考えておられるのか』。小泉の答弁はとりとめない。麻生が続ける。

『幕末の倒幕思想の中心をなしたのは佐久間象山の弟子の2トラ、1人が吉田寅次郎、のちの松陰、もう1人が<米百俵>で最近脚光を浴びている小林虎三郎だ。この思想を結果的に実行していったのが伊東博文以下の政治家で、伊藤が松陰の門下生だったとはいえ、この人が思想家だったわけではない。今回、<第3の開国>と言われているが、ここの思想の部分がいちばん大事で、われわれ頭の雑駁な政治家には手に負えない。総理はどう考えるか』。

小泉は、『万機公論に決すべし、と言うが、多くの知恵のある方々の……』などとかみ合わない。麻生はいいところを突いていた。しかし、7年後、逆に問われる首相の立場になると、それこそ雑駁な発言を繰り返し、<強く明るい国>などと思想性と無縁のことしか言わない。

麻生の2代前の安倍晋三元首相が唱えた<美しい国>は不評だったが、それでも国造りの含意が多少はこめられていた。どんな国をイメージしながら、政治のかじ取りをするのかを国民は知りたい。『ひと口で言って、あなたは日本の将来の姿をどんなふうに』と聞かれ、16年前、新党さきがけを旗揚げした武村正義は、『小さくともキラリと光る国を目指す』と答えた。小国主義を標榜したのは選後、新党さきがけだけで、同党に参画した田中秀征は細川政権の時に、『質実国家』という目標を編み出した。

目標は当然いろいろだ。国民がそのなかから選ぶ。順風の民主党も<子ども手当>のレベルを並べただけではおぼつかない。国家ビジョンをひと口に凝縮するのは確かにむずかしい。民主党首脳は、『以前は学者が考えてくれたのに、最近はそれがない』とぼやくが、学者頼みでなく、各党とも琴線に触れる言葉を絞り出してほしい」