デビッド・クローネンバーグ監督の新作『ア・デンジャロス・メソッド』を中華街にある映画館Curzon Sohoで見た。
同じくヴィゴ・モーテンセン出演の『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の暴力描写とはうって変わって、本作は落ち着いた歴史物であった。
1900年代の静かなチューリッヒとウィーンを舞台として、精神分析界の大御所たち、フロイト、ユング、そしてユングの患者であり愛人だったザビーナ・シュピールラインの史実に基づくストーリー。
全体的に、説得力がある映画だ。
登場人物がとる行動とその背景が幾重にも絡み合っているのだが、事実を忠実に再現しているからか、クローネンバーグの洞察力が優れているのか、それとも自分に若干でもフロイト・ユング関係の知識があったからか、分かりやすくうまくまとまっている、という印象を受けた。
ユングとサビーナの恋愛が軸だが、その背景には少なくとも5つテーマが同時進行している。
1.ピグマリオン(マイ・フェア・レディの原作)のように知識階級の男性が動物的な若い女性を一人前に育てる。
2.ある意味クリエイターであるユングとサビーナが恋愛という逸脱に刺激を受けてそれぞれ新しい理論を創造する。
3.ユダヤ人というアイデンティティをもつフロイトとサビーナが精神分析と宗教の距離を議論する。(映画でも語られるが精神分析界というのはユダヤ人が牛耳っている。)
4. 妻が裕福で家やボートを買ってくれ、アメリカへの客船はファーストクラス、というユングは彼女の束縛から無意識に逃避するために愛人を必要とする。
5.人格障害者っぽいバンサン・カッセルがユングを逸脱へ誘い出し、スキャンダルという精神の冒険へ旅出たせる。
それほど劇的ではないストーリーなのに、これらの要素が絡み合っているので、目が離せず案外緊張感が続く。
おまけにフロイトとユングとの議論はあたかも大学の指導教授が博士課程の生徒へ指導するときと同じような内容なのだ。「オカルトとか、超能力なんかに興味を持っている場合じゃない。他の学者から攻撃されるような弱点をさらすんじゃない」など、内容を少し変えるだけで、どこかで聞いたような話である。それに、指導教官と学生の恋愛は英国でもよくある。そして、最後にはサビーナの卒業論文の出版―これが実際一番身につまされた。
映画を見たり、そのブログを書いている場合ではなく、ジャーナルへ書き直した論文を再投稿する方が先だろう・・・と大いに反省した。