12月11日はかの大種牡馬ノーザンテーストの命日でした。



2004年に33歳で亡くなっているので、没後15年になりますね。

それにしても33歳まで生きたと言うのは長生きですね。かつての名馬シンザンが36歳まで生きたように、その馬自身の活力もあってか、名種牡馬は長生きするのかもしれません。

そういう意味ではディープインパクトも長生きできたはずなんですが…。


ノーザンテーストは社台ファームが輸入してきた種牡馬ですが、独特の鼻白、大きい頭に小さい身体で決して格好の良い馬ではありませんでした。

ただ当時、世界的に繁栄していたノーザンダンサーの直仔でもあり、社台ファームとしては期待が大きかったようです。


それでも、10回のリーディングサイヤーを獲得。70年代に活躍馬を数多く輩出したテスコボーイの血統から、80年代以降でノーザンテーストの血脈が日本の競馬の主流となりました。

私のイメージとしては、産駒は距離適性も様々な距離に対応する馬が多く、産駒にはG1馬がゴロゴロいます。

代表的な産駒としては、アンバーシャダイ、ダイナガリバー、ギャロップダイナ、ダイナアクトレス、アドラーブル、シャダイソフィア、シャダイアイバー、ダイナカールなどなど。


こうして見ると、牝馬に多く活躍馬を出したように思います。牡馬でその後種牡馬として目立った成績を残したのはアンバーシャダイぐらいで、その子のメジロプライトも種牡馬としては成功せず、血脈は広がりませんでした。


その結果、17年連続のブルードメアサイヤーに輝き、トニービンやサンデーサイレンスと言った、その後の輸入種牡馬との相性の良さが有名で、数多くの活躍馬を出しました。

前述したダイナカールはエアグルーヴ(父トニービン)を出していますし、ダイワスカーレットも母系はノーザンテーストです。


しかし、時が経つのは早いもので、今やブルードメアサイヤーとしても名前が出て来なくなりましたね。もはや母の母の父、要は、ひいおじいちゃんとかひいひいおじいちゃんぐらいの位置付けです。

それでもノーザンテーストが日本の競馬界に残した功績は計り知れないものがあります。

社台グループの繁栄もこの馬の存在無くしては成し得なかったのではないでしょうか。



いつもながらに古い競馬の話で恐縮ですが、競馬を見る機会がある方は、是非ノーザンテーストの血脈に注目してみてください。


あ、私、別に社台グループ関係者ではありませんので。念の為w