国立文楽劇場 11月公演の第1部は、
『心中天網島』 


近松門左衛門 68歳の時の作
22作目の世話物
『曽根崎心中』から数えて10作目の心中物
24作ある近松門左衛門の世話物の中でも特に傑作とされています
1720年10月 に、実際にあった 紙屋治兵衛と遊女小春の網島大長寺での心中事件を題材に、事件の2ヶ月後に初演したとの事

2019年の今年は、治兵衛と小春の300回忌に当たるとか

歌舞伎役者 初代中村鴈治郎が選んだお家芸
玩辞楼十二局の中の「河庄」「時雨の炬燵」は、
門左衛門の『心中天網島』を改作した近松半二の作品らしい
四代目鴈治郎は、「河庄」しか公演していませんが、
「時雨の炬燵」で登場する舅五左衛門は、治兵衛に多額の借金をしているらしいです
なので、門左衛門の治兵衛とは随分設定が違う



文化デジタルライブラリーのあらすじを貼りました



プログラムと一緒に貰った壁新聞の様な解説


北新地河庄の段
中 竹本織太夫
  鶴澤清介
奥 竹本津駒太夫(豊竹呂勢太夫病気休演の代役)
  鶴澤清治

紀の国屋小春(蓑二郎)が登場した時は、暗い雰囲気がよく出ていた
反対に、頬かぶりした治兵衛(勘十郎)が登場した時は、本当は心中を覚悟しているはずなのに
治兵衛の男前で若くて、匂い立つような色気を感じた
なんでしょう

小春とは会ってもダメ、手紙もダメという状態の折
河庄に小春が居ると聞いて、久しぶりに小春に合いたさ見たさで嬉しくて登場したのでしょうか
心中する事も嬉しいとまでは思っていないと思いますが

口三味線のところの織太夫さん
一の糸が、ドーン、ドーンとビックリするくらいの大きな音(声)
三味線の音と善六と太兵衛の台詞の3つを
どこで息継ぎしているのか 凄いです

孫右衛門が小春の懐から取り出した手紙
紙屋治兵衛内から送られた手紙
おさんに義理立てして、小春は治兵衛を思い切る事を決心した
治兵衛は、
心変わりした小春の頬を一発平手打ちする
さらに蹴ろうとする治兵衛を止めに入る孫右衛門(玉助)
辛い小春は、いっそ手紙のせいで思い切ろうとしている事を言おうとする
孫右衛門は、手紙を小春に突きつけそれを制する
耐える小春(簑助)

(今回のスタンプ 右小春、中孫右衛門 左手におさんの文を持つ、左帯の解けた治兵衛)


治兵衛は、最後は孫右衛門が変装に使った侍のまねをして黒い頭巾を被って帰って行く
柱にもたれて泣く小春
格子越しに後ろ向きに泣きながら見送る小春

義太夫は、代役の津駒太夫さん
良かったです
織太夫さんから続いて呂勢太夫さんでも聞きたかったけど
呂勢太夫さんのご病気休演が心配です






天満屋内の段
治兵衛女房おさん(清十郎)が登場する
おさんと治兵衛はいとこ同士
治兵衛とおさんの間には2人の子供がいる
しかし、最近2年間はセックスレス
3年前から、治兵衛と小春が良い仲になっているから

この時点で治兵衛28歳、小春19歳、おさん?歳
治兵衛は、おさんに対してなんの不平も不満もないのだろうけれど、
よく働く良い女房の筈なんだろうけれど
おさんにゾッコン惚れられているけれど
ヤッパリ、小春が若くて可愛くって、大好き
寝ても醒めても小春命、ていう感じ
女性からは反感を買うかも知れないけれど
男なので、この感覚 分かる気がする

紙屋の身上も崩して、小春を身請けする金もなく
逆に商売仲間のいけすかん太兵衛に小春を取られようとしている
また太兵衛から問屋仲間に、治兵衛の落ちぶれた状態を言いふらされることを気にして泣いている
「商売人の面目が潰れる〜」みたいな

アッサリ心変わりした小春を畜生呼ばわりする治兵衛

でも本当は、小春の治兵衛を想う心は本物で
おさんからの手紙で、女同士の義理から
治兵衛を忘れようとしていたのですよ



(壁新聞の中に書いてあった人物相関図)


おさんは、
治兵衛が小春を身請けしたら、自分は下働きでも乳母でも隠居してもよいなんて言う 
泣ける

おさんの父五左衛門が、治兵衛に去り状(離婚届)を書かけと迫る。おさんと嫁入りの時に持たせた着物を持って帰ろうとする
結局去り状を書かなかった治兵衛
おさんも別れたくない
書かんでもええわ!


おさんがヘソクリで貯めていた銀貨と質屋に入れようとした着物で、小春を身請けする金はなんとかなりそうだったのに
万事休す 

五左衛門とおさんが出て行く

4歳の女の子お末を抱っこして立ちつくす治兵衛
傍らに6歳の勘太郎も立ちつくす



照明明るさがちょっと落ちる

舞台のセットが人形もろとも全体に後方に移動して
舞台両袖から上手から2階建ての大和屋と下手からその外の道路、奥には蜆川の大道具が出てきて、深夜の北の新地の大和屋のセットになったのはビックリした
ホンの10秒足らず 見事な『道具返し』



大和屋の段
切 豊竹咲太夫
  鶴澤燕三

太兵衛に身請けされる事が決まっている小春と治兵衛は、大和屋2階で、最後の逢瀬の時を過ごす
治兵衛は、先に大和屋を出て、後から丑三つ時に、小春がソーっと大和屋を抜け出して 2人で心中する段取り
大和屋を出る時、脇差を忘れかけたが


弟思いの孫右衛門が、丁稚に治兵衛の子勘太郎をオンブさせて現れる (物陰に隠れる治兵衛)
孫右衛門は、なんとか2人の心中を思い留めさせようと考えている
大和屋に治兵衛と小春が居ないか?
2人ですでに出て行っていないか?心配

治兵衛は帰って、小春は2階の部屋で休んでいると聞いて
一安心して帰る
ところがドッコイ

治兵衛が迎えに戻ってきて、大和屋の重たい引き戸を
ソーっと開ける
なかなか開けられない
少し開いた隙間から、小春の白い片手だけがのぞく 指を振る 
この手の色っぽいコト
曽根崎心中のお初の白い足に匹敵すると思った
もう少し開いて、小春の2つの手と、奥にかんざしがキラキラ



なんとか内と外から2人で、重くて固い引き戸を必死で開ける
(必死で開ける扉は、2人の心中への扉でもある)

やっと開いて、転げる様に飛び出して来る小春
2人とも興奮して慌てている様子
治兵衛は、羽織を脱いで、小春にそっと掛ける
抱き合う2人 震えている2人

手に手を取って下手に去って行く



道行名残の橋づくし
五丁五枚の掛け合い




2人は黒の美しい着物と頬かぶりで登場
冷静な2人
迷いのない2人
美しい2人


道行の道程 (壁新聞より)
緑のハートから始まり、途中、大川に架かる天神橋を渡り、ピンクのハートの大長寺まで
(天神橋から右(東)は、夏の天神祭り船渡御のコース)

3つの橋を渡り
大道具も3回変わり
大長寺前へ

「この世でこそは添わずとも、未来は言うに及ばず、今度の今度、つつと今度の先までも夫婦ぞや。・・・」

夜明けを知らせる大長寺の鐘が鳴る
最後は、
治兵衛 小春を引き寄せて、後まで残る死に顔に
「泣き顔残すな」
「残さじ」
1度逡巡するが 短刀で小春の胸を1刺し
自分は少し離れた水門で、小春の赤い腰紐で首を吊る
2人同時に息絶える

曽根崎心中や心中宵庚申の様に
2人が重なり合って死ななかったのは
せめてもの おさんへの義理立て


(赤字は床本から引用)





美しい最期だった


治兵衛を取り巻く人間模様が色々と描かれていて
考えさせられる狂言でした
おさんの事や、兄孫右衛門の思いやり、2人の子供の事を思うと
紙屋治兵衛は、なんと情けない、だらしない奴か!
こんな男にはなりたくない
と思いますが

治兵衛の気持ちも分かる気がする


3日と17日  2回見たけれど
『心中天網島』は、やはり傑作でした